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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第66章 持ち主のいないもの

翌朝。


自転車はまだ店の隅にあった。


林夏はシャッターを開けると、最初にそれを見た。


「おはよう」


誰に言ったのか分からない。


自転車は当然、返事をしない。


月白が店の奥から出てくる。


「まだあるね」


「あるな」


「持ち主は?」


「まだ来てない」


林夏は自転車の札を確認した。


【預かり中】


昨日と同じだった。


「電話もない?」


「ない」


「連絡先も?」


「ない」


月白は少し考えた。


「警察に届ける?」


林夏は自転車を見る。


「そうしたほうがいいかもしれない」


その時。


澪が端末を持ってきた。


「待って」


画面には。


昨日とは違う表示が出ていた。


【所有者】


【確認不能】


【所有者候補】


【三名】


林夏が眉をひそめる。


「三人?」


「昨日まで、一人も登録されていなかった」


澪が画面を操作する。


三つの情報が並んだ。


【候補A:駅前で盗難届を出した人物】


【候補B:昨日、自転車を探していた人物】


【候補C:過去に同型車を所有していた人物】


紅葉が言う。


「どれが本当?」


「分からない」


「じゃあ、全部違う可能性もある?」


「ある」


林夏は腕を組んだ。


「面倒だな」


月白が言う。


「でも、探せるんじゃない?」


「探すことはできる」


林夏は自転車を見る。


「問題は、見つけた人が本当に持ち主なのかってことだ」


澪が頷く。


「その通り」


端末に。


新しい表示が出た。


【所有者判定】


【確率による推定】


紅葉が嫌そうな顔をする。


「また始まった」


画面には。


【候補A:61%】


【候補B:29%】


【候補C:10%】


ユウが横から覗き込む。


「じゃあAの人が持ち主?」


澪は首を振った。


「違う」


「なんで?」


「六十一パーセントは、確定じゃないから」


ユウは少し考えた。


「じゃあ、分からないってこと?」


「そう」


林夏は笑った。


「だったら簡単だ」


「何が?」


「分からないなら、分からないままにしておく」


紅葉が言った。


「そんな簡単に言うけど、持ち主が三人いるかもしれないんだぞ」


「だからこそだろ」


林夏は自転車を店の外へ出した。


「本人が来たら聞けばいい」


「来なかったら?」


「その時は警察に相談する」


澪が言う。


「記録上の確率を使わない?」


「使わない」


林夏は即答した。


「六十一パーセントの人に勝手に返したら、残り三十九パーセントの人に悪いだろ」


紅葉が笑う。


「珍しくまとも」


「いつもまともだぞ」


「それはない」


「ひどいな」


昼前。


一人の男性が店に入ってきた。


四十代くらいだった。


店内を見回す。


そして。


自転車を見た。


「あ」


林夏が聞く。


「これですか?」


男性は近づいた。


「似てます」


「似てる?」


「自分の自転車と」


男性はハンドルを見る。


しかし。


「違います」


「分かるんですか?」


「傷の位置が違う」


男性はそう言って。


少し笑った。


「すみません。似た自転車だったので」


「いえ」


男性は帰っていった。


端末には。


【所有者候補A】


【一致:低】


そして。


【来店:発生】


【所有者:不成立】


澪が画面を見る。


「一つ減った」


林夏は頷いた。


「そういうこともある」


午後。


今度は若い女性が来た。


「昨日、ここに自転車がありませんでしたか?」


林夏が聞く。


「これですか?」


女性は見る。


「……違います」


「こちらも?」


「はい」


女性は少し恥ずかしそうに笑った。


「妹の自転車を探していて」


「色は?」


「黒です」


「これも黒ですね」


「でも違います」


女性はそう言って帰った。


【所有者候補B】


【一致:低】


また一つ。


消えた。


夕方。


残ったのは。


候補Cだけだった。


【過去所有車両:同型】


紅葉が言う。


「これ、もう関係ないんじゃない?」


澪も頷く。


「そう思う」


その時。


店の前で。


自転車を見つめている少年がいた。


ユウが気づく。


「……あの子」


少年は店の中を見た。


しかし。


入ってこない。


林夏が外へ出る。


「どうした?」


少年は少し驚いた。


「この自転車」


「知ってる?」


「……たぶん」


「君の?」


少年は首を振った。


「父さんの」


林夏は少し黙った。


「今、お父さんは?」


「いない」


少年は下を向いた。


「去年、死んだ」


店の中が静かになった。


少年は自転車を見る。


「父さんが、よく乗ってた」


林夏は何も聞かなかった。


少年が続ける。


「でも」


少し間を置いて。


「これが父さんの自転車かどうかは、分からない」


端末が。


静かに光った。


【所有者候補C】


【一致:確認不能】


林夏は画面を見た。


それから。


少年を見る。


「乗ってみる?」


少年は驚いた。


「いいの?」


「まだ持ち主が分からないからな」


「……」


少年は首を振った。


「いい」


「どうして?」


「父さんのじゃないかもしれないから」


林夏は頷いた。


「そっか」


少年は自転車をもう一度見た。


そして。


「でも」


「うん?」


「父さんが乗ってた自転車に、ちょっと似てる」


それだけ言って。


少年は帰っていった。


端末には。


何も表示されなかった。


澪がそれを見る。


「珍しい」


「何が?」


「今の出来事」


「うん」


「候補にもならなかった」


林夏は自転車を見る。


「本人が、自分で違うって言ったからじゃないか?」


澪は少し考えた。


「そうかもしれない」


紅葉が言う。


「でも、父親の自転車だった可能性は?」


「ある」


「じゃあ、どうする?」


林夏は答えなかった。


しばらくして。


自転車の札を外す。


新しい紙をつけた。


【預かり中】


その下に。


もう一行。


【持ち主:確認できず】


月白がそれを見る。


「これでいいの?」


林夏は頷いた。


「今分かってるのは、それだけだから」


夜。


少年は家に帰った。


古いアルバムを開く。


そこには。


父親が自転車に乗っている写真があった。


少年は写真を見て。


小さく笑った。


「違うな」


写真の自転車は。


店に置かれているものとは違っていた。


少年はアルバムを閉じた。


そして。


明日の学校の準備を始めた。


その頃。


万事修理店。


端末に最後の記録が残った。


【所有者:未確定】


【所有者候補:消失】


【推定:停止】


【確認不能:維持】


その下に。


小さな文字。


【持ち主がいないのではない】


【持ち主だと確認できないだけ】


画面が消える。


林夏は店の鍵を閉めた。


「明日は警察に相談するか」


月白が隣で頷く。


「うん」


「それまでは?」


「預かっておく」


「だな」


二人は歩き出した。


誰のものか分からない自転車は。


店の隅に残されたままだった。


けれど。


それはもう。


誰かの未来を埋めるための「空白」ではなかった。


ただ。


まだ答えの出ていない一つの物だった。

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