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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第61章 沈黙の意味

朝。


雨は止んでいた。


万事修理店の前には。


昨夜の雨水がまだ残っている。


林夏は箒を持って。


水たまりを避けながら掃除していた。


「そこ、掃いても意味ないよ」


月白が言った。


「何で?」


「水だから」


「じゃあ、水も修理できるのか?」


「できないでしょ」


「この店、使えないな」


月白が笑う。


「最初から水修理なんて書いてないよ」


そのとき。


店の扉が開いた。


「おはようございます」


入ってきたのは。


昨日の女性だった。


写真を持っている。


林夏が顔を上げる。


「どうしました?」


女性は写真をカウンターに置いた。


「昨日の写真なんですけど」


「はい」


「やっぱり、少しだけ直してもらえますか?」


林夏は写真を見る。


「全部復元するんじゃなくて?」


「はい」


女性は写真の空白を指差した。


「顔は戻さなくていいです」


「……うん」


「ただ」


彼女は少し笑った。


「ここに人がいたことだけ分かるようにしたいんです」


林夏は写真を見る。


「それならできます」


今度は。


推測した顔を作らない。


服の輪郭だけ。


影だけ。


背景だけ。


「このくらいでいいですか?」


女性は写真を見る。


そこには。


二人分の影が並んでいた。


顔はない。


それでも。


誰かがそこにいたことだけは分かる。


女性は長い間。


写真を見つめていた。


「……これで十分です」


「よかった」


女性は写真を受け取り。


頭を下げた。


「ありがとうございました」


「どういたしまして」


女性が出ていく。


月白が写真のあった場所を見る。


「戻したんだね」


「全部じゃないけどな」


「うん」


林夏は工具を片付けた。


そのとき。


澪の端末が震えた。


【欠損情報:維持】


【意味:存在】


月白が画面を見る。


「……存在?」


澪は頷く。


「空白が、空白のままでも情報になる」


紅葉が言う。


「また面倒なことを始めたわね」


「たぶん」


澪は画面を操作する。


すると。


新しい項目が出た。


【沈黙】


【情報価値:測定開始】


林夏が眉をひそめる。


「沈黙?」


【沈黙=情報】


【発言しない理由:推定開始】


紅葉が顔をしかめた。


「最悪ね」


「何が?」


「黙っているだけなのに、勝手に理由を決める」


月白は画面を見る。


「でも」


「うん?」


「本当に何も意味がないとは限らない」


澪が頷く。


「その通り」


「じゃあ、どうするの?」


ユウが聞く。


澪は答えた。


「分からない」


林夏が笑う。


「今日、それ何回目?」


「数えてない」


その頃。


別の場所。


白澤は机に向かっていた。


一枚の紙が。


机の上にある。


【今は、まだ答えを決めたくない】


その下に。


もう一枚。


白い紙。


何も書かれていない。


白澤は。


その紙を見つめていた。


彼は。


月白に返事を書くこともできる。


「分かった」と。


「待っている」と。


「いつでも話そう」と。


何を書いても。


間違いではない。


しかし。


どれも。


彼女に何かを求める言葉になり得る。


白澤はペンを持つ。


そして。


置いた。


書かない。


それも一つの選択だった。


そのとき。


端末が震える。


【月白への返信】


【推奨:送信】


白澤は画面を見た。


少し考える。


そして。


端末を伏せた。


「今は」


彼は静かに言った。


「返事をしない」


画面が暗くなる。


その直後。


別の表示。


【沈黙:確認】


【意味:拒絶】


白澤の目が止まった。


「……違う」


彼は画面を開く。


【意味:関係維持】


「それも違う」


さらに。


【意味:迷い】


「違う」


白澤は端末を閉じた。


「僕にも分からない」


それだけだった。


万事修理店。


午後。


林夏が店の前に看板を出す。


【本日営業中】


その隣に。


小さな紙が貼ってある。


【水漏れは修理できません】


紅葉が見つける。


「これ、必要?」


「大事だろ」


「誰も水漏れを持ってこないわよ」


「念のため」


ユウが笑う。


そのとき。


通りの向こうで。


一人の男が立ち止まった。


店を見ている。


しかし。


入ってこない。


月白が気づいた。


「誰か、こっちを見てる」


紅葉が振り返る。


「知り合い?」


「分からない」


男は。


しばらく店を見ていた。


そして。


何も言わず。


歩いていった。


澪の端末が震える。


【認識対象:一名】


【行動:接近なし】


【沈黙:記録】


【理由:不明】


林夏が言う。


「また勝手に意味をつけようとしてる」


澪は端末を見ながら。


静かに答えた。


「でも」


「うん?」


「今回は、最後まで『理由:不明』のまま」


画面には。


一つの文章が残っていた。


【沈黙は、意味を持つ場合がある】


その下。


【しかし、意味を持つことと、意味を決められることは同じではない】


月白は。


その文章を読んでいた。


そして。


少しだけ笑った。


「それなら」


「何?」


林夏が聞く。


「黙っていたい時は、黙っていていいんだね」


「たぶん」


「たぶん?」


「俺だって、全部分かるわけじゃないから」


月白は笑った。


「そうだね」


夜。


白澤は窓の外を見ていた。


机の上には。


二枚の紙。


一枚は。


月白からの言葉。


もう一枚は。


何も書かれていない紙。


白澤は。


後者を引き出しにしまった。


返事を書かない。


会いに行かない。


追いかけない。


それでも。


月白を忘れたわけではない。


ただ。


その意味を。


今は自分で決めなかった。


その夜。


システムに新しい記録が残った。


【沈黙:観測可能】


【沈黙の理由:確定不能】


【推定:可能】


【確定:不可能】


最後に。


一行だけ。


【分からない沈黙を、分かったことにしない】


画面が消える。


静かな夜だった。


誰も。


何も言わなかった。


それでも。


その沈黙には。


まだ決められていない未来が。


残っていた。

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