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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第58章 知る時を決める

翌朝。


紅葉は一人で店を出た。


手には。


昨日から調べていた古い資料がある。


第零街区から持ち帰った記録。


命運修正機構の旧施設に残されていたものだ。


建物の中には。


すでに使われていない端末が何台も並んでいた。


その中の一台だけ。


電源が入った。


紅葉が近づく。


画面には。


古い記録が表示された。


【異常命軌接触者】


【予測精度低下】


【対策】


【情報制限】


紅葉の目が止まる。


次のページ。


【本人への情報提示は、必要最低限とする】


さらに。


【未来情報を過剰に提示した場合、本人の選択が予測結果に依存する可能性あり】


紅葉は黙っていた。


「……そういうことか」


以前。


彼女は。


運命修正機構が人間の選択を直接変えていると思っていた。


しかし。


もっと単純な方法もある。


未来を教える。


危険を教える。


正しい結果を教える。


そして。


本人に選ばせる。


表面上は自由でも。


最初から知っている情報によって。


選択そのものが変わってしまう。


紅葉は資料を閉じた。


その瞬間。


端末が一度だけ点滅した。


【旧規定を更新します】


【情報制限:解除】


紅葉の顔が険しくなる。


「……解除?」


画面に新しい文章が出る。


【現在の方針】


【情報提示による選択誘導】


紅葉は立ち上がった。


「変わってないじゃない」


昔は。


知らされないことで選択を制限した。


今は。


知らされることで選択を誘導する。


方法が変わっただけだ。


紅葉は資料を持って店へ戻った。


昼前。


万事修理店。


林夏はカウンターで昼食を食べていた。


「遅いぞ、紅葉」


「何が?」


「昼飯」


「私の分は?」


「ない」


「……」


林夏は箸を止めた。


「冗談」


隣の椅子から。


弁当を一つ出す。


「買ってある」


紅葉は受け取った。


「最初からそう言えばいいでしょ」


「驚かせたかった」


「余計なことするな」


「はいはい」


月白が笑う。


「仲いいね」


「どこが?」


紅葉と林夏の声が重なった。


澪が端末から顔を上げる。


「一致率が高い」


「そこは分析しなくていい」


紅葉は資料を机に置いた。


「これを見て」


五人が集まる。


資料には。


古い規定が並んでいた。


【未来情報は、本人の選択に影響を与える】


【したがって、情報提示は管理対象とする】


ユウが言った。


「これって……」


「今のシステムと同じ」


紅葉が答える。


「昔は情報を隠していた」


澪が続ける。


「今は情報を見せる」


「でも」


月白が言った。


「どっちも、情報の出し方を誰かが決めている」


紅葉は頷いた。


「そういうこと」


林夏は資料を眺める。


「じゃあ」


「何?」


「未来を教えること自体が悪いのか?」


誰もすぐには答えなかった。


紅葉が言う。


「分からない」


林夏は笑った。


「また分からないか」


「うるさい」


月白が考える。


「危険を知ることで助かることもある」


澪も頷く。


「逆に、未来を知ったことで選択肢を失う場合もある」


ユウが言った。


「じゃあ、誰が決めるの?」


その言葉で。


全員が黙った。


誰が。


何を。


いつ。


どこまで。


伝えるのか。


それを決める人間がいるなら。


その人間にも。


また責任が生まれる。


林夏は資料を閉じた。


「一つだけ分かることがある」


「何?」


月白が聞く。


「本人が知りたいって言ったなら」


林夏は言った。


「まず本人に聞けばいい」


澪が少し笑う。


「単純」


「単純でいいだろ」


そのとき。


店の扉が開いた。


昨日の男だった。


「こんにちは」


林夏が顔を上げる。


「あ、どうぞ」


男は少し笑っていた。


手には。


あの懐中時計。


「決めました」


林夏は時計を見る。


「どうしました?」


「父の墓に持っていきました」


「そうですか」


「でも」


男は時計を見た。


「家に置くことにしました」


林夏は何も言わない。


男は続ける。


「墓の前でずっと考えていました」


「はい」


「父なら、たぶん『そんなもの、好きにしろ』って言うと思って」


笑った。


「だから、好きにしました」


月白も笑った。


「それでいいと思います」


男は頷いた。


「はい」


そして。


店を出ていった。


林夏はその背中を見送った。


澪が言う。


「予測できなかった」


「何が?」


「彼が時計を家に置くこと」


「でも」


林夏は笑った。


「本人も昨日までは分からなかったんじゃないか?」


澪は少し考えた。


「……そうかもしれない」


その瞬間。


端末が震えた。


【未来情報:更新】


【対象:一般人】


【選択結果:取得】


【予測:失敗】


澪が画面を見る。


しかし。


今回は。


その下に新しい文章がなかった。


「何もない?」


ユウが覗き込む。


澪は頷いた。


「うん」


「なんで?」


澪は少し考えた。


「たぶん」


彼女は画面を閉じた。


「結果を知ったあとも、未来は続くから」


店の中が静かになる。


紅葉は古い資料を見る。


そこには。


昔の規定が残っている。


【未来を管理するために、情報を管理する】


紅葉はその下に。


新しく一行を書いた。


【情報を知る時も、本人が決める】


林夏が覗き込む。


「勝手に書いていいのか?」


「もう古い記録だから」


「なら、いいか」


月白は窓の外を見る。


街では。


誰も未来を知らない。


知らないまま。


信号を待っている。


知らないまま。


道を選んでいる。


知らないまま。


誰かに会う。


誰かと別れる。


そのすべてが。


まだ決まっていない。


夜。


システムの深部で。


一つの処理が実行された。


【情報提示による誘導】


【成功率:低下】


【未来予測:不安定】


【選択依存:確認できず】


しばらくして。


新しい項目が追加される。


【次段階】


【本人が情報を求めた場合のみ提示】


その直後。


別の警告が表示された。


【ただし】


【誰が「本人の意思」を判定するか】


記録は。


そこで止まった。

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