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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第57章 知らないまま選ぶこと

三日後。


万事修理店の扉が開いた。


「こんにちは」


前に来た男だった。


林夏は顔を上げる。


「いらっしゃい」


男は少し緊張した様子でカウンターの前に立った。


「時計、どうですか?」


「動くようにはなりました」


林夏は引き出しから懐中時計を取り出した。


蓋を開ける。


カチ、カチ、カチ。


小さな音がする。


針はゆっくり進んでいた。


男は時計を見つめる。


「……動いてる」


「はい」


男は両手で時計を受け取った。


しばらく。


何も言わなかった。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


男は時計を握ったまま。


店を出ようとした。


しかし。


扉の前で足を止める。


「すみません」


「はい?」


「一つ、聞いてもいいですか」


「どうぞ」


男は時計を見る。


「これを……父の墓に持っていくか」


少し間を置いた。


「それとも、自分の家に置いておくか」


林夏は黙った。


男は苦笑した。


「くだらない質問ですよね」


「いや」


林夏は首を振る。


「そういうの、俺には決められないです」


「……そうですよね」


男は笑った。


「分かってます」


それから。


男は時計をポケットに入れた。


「自分で決めます」


「はい」


男が出ていく。


扉が閉まる。


月白が言った。


「今の人」


「うん」


「迷っていたね」


「そうだな」


澪が端末から顔を上げた。


「でも、選択後の結果は表示されませんでした」


紅葉が聞く。


「前は出たんじゃないの?」


「今回は違う」


澪は画面を見せた。


【対象:一般人】


【選択:未確定】


【結果予測:取得不能】


【理由:本人の判断要素が不足】


林夏が笑った。


「結局、分からないんじゃん」


「そう」


澪は頷いた。


「システムは、本人が何を大切にしているかを完全には取得できない」


「じゃあ、結果予測って何だったんだ?」


「可能性の提示」


「可能性?」


「結果ではない」


澪は少し考えてから続けた。


「たとえば、時計を直せば動く」


「うん」


「でも、それによって本人が嬉しいか、悲しいか、過去を思い出すか、忘れるかまでは分からない」


月白が静かに言った。


「物が直っても、人の気持ちまで直るわけじゃない」


林夏は頷いた。


「万事修理店なのに、人間だけは修理できないんだよな」


紅葉が言う。


「当たり前でしょ」


「店の名前、変えようかな」


「何に?」


「半分だけ修理店」


「もっと客が来なくなるわよ」


ユウが笑った。


「それ、看板に書いたら?」


「『半分だけ修理します』」


「絶対入らない」


店の中に笑い声が広がった。


そのとき。


澪の端末が震えた。


笑い声が止まる。


【新規処理】


【対象:林夏】


林夏が自分を指差す。


「俺?」


【選択前情報の提示】


画面に。


一行だけ表示された。


【月白に関する未来情報を提示することが可能です】


月白の表情が変わった。


紅葉も。


ユウも。


澪だけが黙って画面を見ていた。


林夏は。


すぐには答えなかった。


「……何が分かるんだ?」


【提示可能情報】


【月白の未来における複数の可能性】


【閲覧しますか?】


林夏は画面を見つめる。


月白も。


何も言わない。


林夏は彼女を見る。


「見たい?」


月白は少し考えた。


「分からない」


「そっか」


林夏は端末を見る。


【閲覧しますか?】


林夏は。


指を伸ばしかけて。


止めた。


「見ない」


澪が聞く。


「理由は?」


林夏は肩をすくめた。


「本人が知らないことを、俺が先に知っても仕方ないだろ」


「でも」


澪は言った。


「危険がある可能性もあります」


「あるかもしれない」


「それでも?」


「それでも」


林夏は笑った。


「月白の人生だから」


月白は。


しばらく何も言わなかった。


そして。


小さく笑った。


「ありがとう」


「何が?」


「見ないでくれて」


林夏は首を傾げる。


「礼を言われるようなことじゃないだろ」


「ううん」


月白は端末を見る。


「私が自分で決められるから」


澪はその言葉を聞いて。


画面に表示された項目を書き換えた。


【情報提示】


【拒否】


【理由:本人の選択】


その瞬間。


画面に別の文字が現れた。


【予測対象:林夏】


【選択:情報非取得】


【結果:未確定】


【因果変動:継続】


澪は目を細める。


「……変だ」


「何が?」


「以前なら、選択したあとに結果を記録していた」


「今回は?」


「結果を記録できない」


紅葉が言う。


「本人が知らないから?」


「それもある」


澪は画面を見つめた。


「でも、もう一つある」


「何?」


「情報を知ること自体が、次の選択を変える可能性がある」


店が静かになる。


林夏は少し考えた。


「じゃあ」


彼は笑った。


「知らないことも、未来の一部ってことか」


「たぶん」


澪が答える。


「知らないまま選んだ未来と、知ってから選んだ未来は、同じではない」


月白は窓の外を見る。


夕方の光が。


道路に長く伸びていた。


「だったら」


月白が言った。


「全部を知る必要はないね」


「うん」


林夏が答える。


「分からないから、明日考えればいい」


紅葉がため息をつく。


「結局それに戻るのね」


「俺の店の看板だからな」


「そんな看板、見たことないけど」


「心の看板」


「見えないじゃない」


「だからいいんだよ」


ユウが笑った。


「意味分かんない」


「分からなくてもいい」


林夏はそう言った。


その夜。


システムは新しい記録を残した。


【情報提示:可能】


【情報取得:拒否】


【予測精度:低下】


【未来情報:存在】


【未来情報の取得:本人選択】


そして。


最後に。


これまで存在しなかった項目が追加された。


【知らない権利:成立】


誰も。


その記録を見なかった。


それでも。


その日から。


システムは。


「何を選ぶか」だけではなく。


「何を知らないままでいるか」まで。


記録し始めた。

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