↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/350

第56章 選んだあとのこと

午前十時。


万事修理店のシャッターを開ける。


林夏は店の前を掃きながら、大きく欠伸をした。


「眠い……」


「昨日、何時まで起きてたの?」


月白が店の中から聞く。


「二時」


「何してたの?」


「ラーメンの動画見てた」


「……」


月白は何も言わなかった。


紅葉が横から口を挟む。


「馬鹿なの?」


「褒め言葉として受け取っておく」


「褒めてない」


「知ってる」


澪は端末を見ながら言った。


「睡眠不足による判断能力低下の可能性があります」


「朝から嫌なこと言うなよ」


「事実」


「じゃあ、飯を食えば治る」


「それも根拠がない」


「でも気分は治る」


ユウが笑った。


「それは分かる」


そのとき。


店の扉が開いた。


「すみません」


入ってきたのは。


四十代くらいの男だった。


両手で。


小さな木箱を抱えている。


男は店の中を見回したあと。


カウンターの上に木箱を置いた。


「これを見てもらえますか」


林夏が箱を開ける。


中に入っていたのは。


古い懐中時計だった。


銀色の表面には細かな傷がある。


蓋を開く。


針は。


十二時七分で止まっていた。


「動かない?」


「はい」


「いつから?」


「昨日です」


林夏は時計を手に取る。


裏蓋を開ける。


内部には。


古い機械式の部品が並んでいた。


「結構古いですね」


「父のものです」


男はそう言った。


林夏の手が少し止まる。


「お父さんの?」


「去年、亡くなりました」


店の空気が少し静かになった。


男は続ける。


「父が死んだあと、これだけ残りました」


「形見ですか」


「そうです」


男は時計を見る。


「だから……」


言葉が止まる。


林夏は急かさなかった。


しばらくして。


男が言った。


「修理するべきなのか、捨てるべきなのか」


紅葉が顔を上げる。


男は苦笑した。


「自分でも変なことを言っていると思います」


「別に変じゃないですよ」


林夏は時計を机に置いた。


「ただ、修理するかどうかは俺には決められません」


男は少し驚いた。


「修理屋さんなのに?」


「修理することはできます」


林夏は時計の内部を指差した。


「壊れている場所も、たぶん分かります」


「じゃあ……」


「でも」


林夏は男を見る。


「それを直したあと、どうするかはお客さんが決めることです」


男は黙った。


林夏は工具を取り出した。


「まず、直せるかどうかだけ調べます」


「……お願いします」


しばらく。


店の中には小さな工具の音だけが響いた。


月白はその様子を静かに見ていた。


澪も端末を見ている。


やがて。


林夏が顔を上げた。


「直せます」


男の表情が変わる。


「本当ですか?」


「はい。ただし、部品を一つ交換する必要があります」


「どのくらいかかります?」


「三日くらい」


男は時計を見た。


「お願いします」


林夏は頷いた。


その瞬間。


澪の端末が震えた。


【選択:修理】


【結果予測を開始】


澪の眉が動く。


「……始まった」


紅葉が見る。


「何が?」


「以前とは違う」


端末には。


新しい表示が出ていた。


【選択後の結果を提示します】


その下に。


三つの文章。


【修理する】


【時計が再び動く】


【所有者の感情変化:予測不能】


次。


【修理しない】


【時計は停止したまま】


【所有者の感情変化:予測不能】


そして。


【第三の選択】


【未登録】


澪は黙った。


林夏が覗き込む。


「今度は選択肢を出してないな」


「うん」


「結果だけ?」


「たぶん」


月白が言った。


「選ぶ前に、結果を見せるということ?」


「そう」


澪は画面を見つめる。


「選択そのものを予測できなくなったから、次は結果を提示して、選択を誘導しようとしているのかもしれない」


紅葉が腕を組む。


「結果が分かるなら、便利じゃない?」


「そうでもない」


ユウが言った。


「なんで?」


澪は答えた。


「結果が分かった状態で選んだものが、本当に自分で選んだものなのか分からなくなるから」


男は。


そんな会話を知らない。


修理代を支払って。


頭を下げた。


「三日後に来ます」


「はい」


男が店を出ていく。


扉が閉まる。


林夏は時計を机の上に置いた。


「まあ」


「何?」


月白が聞く。


林夏は時計を見る。


「結果が分かったって、結局その人がどうするかは分からないだろ」


澪が振り返る。


「どういう意味?」


「時計が動いたとしても」


林夏は笑った。


「その人が喜ぶとは限らない」


誰も答えなかった。


林夏は続ける。


「逆に、直さなくても後悔しないかもしれない」


「……」


「人間って、結果だけで決めるわけじゃないだろ」


月白は静かに頷いた。


「そうだね」


その日の午後。


白澤の端末にも。


同じ変化が現れていた。


【月白】


【現在:未定義】


【接触した場合】


【関係変化:予測不能】


【接触しない場合】


【関係変化:予測不能】


白澤は画面を見た。


以前なら。


この情報を使って。


何が最も安全なのか考えていただろう。


しかし。


今日は端末を伏せた。


「……それでも」


白澤は窓の外を見る。


「僕は僕の時間を生きるしかない」


端末をしまう。


そして。


仕事に戻った。


夕方。


万事修理店。


月白が時計を見ていた。


まだ動かない。


「林夏」


「ん?」


「この時計」


「うん」


「もし直ったら」


「うん」


「持ち主は、何か変わると思う?」


林夏は少し考えた。


「分からない」


月白は笑った。


「珍しいね」


「俺、未来のことは分からないからな」


「いつも『明日のことは明日考えればいい』って言ってるしね」


「そう」


林夏は工具を片付ける。


「だから、今日できることだけやる」


時計の内部に。


新しい部品を取り付ける。


カチッ。


小さな音がした。


針が。


一度だけ動いた。


十二時八分。


そして。


また止まった。


林夏は苦笑した。


「まだ調整が必要だな」


月白は時計を見ながら言った。


「でも」


「ん?」


「一分進んだ」


林夏は笑った。


「そうだな」


窓の外。


夕方の街を人々が歩いている。


誰も。


明日のことを知らない。


それでも。


それぞれが。


自分の時間を進めている。


その夜。


システムに新しい記録が残った。


【選択の予測:困難】


【結果の提示:有効性低下】


【感情の予測:困難】


【因果の確定:不可能】


そして。


最後の一行。


【選択後の未来も、固定されない】


記録は。


そこで止まった。


誰も。


その意味をまだ知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。