第52章 持ち帰ったもの
夜。
万事修理店の明かりは、まだ消えていなかった。
五人は店の中央に集まっている。
机の上には。
紅葉が持ち帰った古い資料。
澪が撮影した建物の写真。
月白が拾った写真。
そして。
ユウの学校で起きた小さな出来事。
林夏はそれらを一つずつ見ていた。
「なんか増えたな」
紅葉が言う。
「何が?」
「問題だ」
「それは前からだろ」
「そうだけど」
紅葉は椅子に座った。
「今回は、私たちが別々に動いた結果だ」
澪が頷く。
「その通り」
端末を開く。
【個別因果:情報増加】
【共同因果:情報統合】
【予測:困難】
林夏が画面を見る。
「情報が増えると、予測できなくなるの?」
「正確には」
澪は考える。
「それぞれが別の経験を持ち帰ることで、一つの未来に収束しなくなる」
ユウが聞く。
「それって、悪いことですか?」
「分からない」
林夏が笑う。
「じゃあ、悪くないな」
「どうして?」
「分からないから」
紅葉がため息をつく。
「その理屈、本当に便利だな」
月白は机の上の写真を見ていた。
幼い自分と。
白澤。
月白は静かに言った。
「私は、これを見つけた」
林夏は何も聞かなかった。
月白が話したいときまで待つ。
しばらくして。
月白は写真を裏返した。
「昔の私は、誰かに守ってほしいと思っていた」
紅葉は黙っている。
「だから」
月白は続ける。
「白澤がそばにいることを、安心だと思っていた」
林夏は何も言わない。
「でも」
月白は写真を机に置いた。
「安心と、自分で決めることは、同じじゃなかった」
澪が静かに聞く。
「今は?」
月白は少し考えた。
「今は」
窓の外を見る。
「安心できる場所を、自分で選びたい」
林夏が笑った。
「それならいいじゃん」
月白も笑う。
「うん」
紅葉が資料を開く。
「私も話す」
ページを開く。
「昔の組織は、異常命軌を分離していた」
「どうして?」
ユウが聞く。
「接触すると、予測が狂うから」
紅葉は一枚の紙を取り出す。
「つまり」
紙を机の中央に置く。
「私たちが出会ったことそのものが、システムにとっては異常だった」
澪が頷く。
「だから、最初から分離しようとしていた」
「でも」
紅葉は続ける。
「分離した結果、どうなるかまでは記録されていない」
林夏が言う。
「じゃあ、知らないんだな」
「そう」
「なら、俺たちが試してみればいい」
紅葉は林夏を見る。
「何を?」
「別々に生きても、また一緒になれるか」
紅葉は少し黙った。
「……もう試しただろ」
「そうだな」
ユウが笑う。
「一回離れて、また戻ってきました」
澪が端末を見る。
「その結果」
画面に新しい記録が表示される。
【再接触】
【強制:なし】
【誘導:なし】
【本人選択:成立】
全員が画面を見る。
林夏が言う。
「じゃあ、成功じゃん」
澪は首を横に振った。
「まだ分からない」
「またそれ?」
「再接触できたのは一度だけ」
澪は画面を閉じる。
「次も同じとは限らない」
林夏は頷いた。
「そりゃそうだ」
ユウが少し不安そうに聞く。
「じゃあ、次に会えなかったら?」
林夏は考える。
「そのときは」
少し間を置く。
「会えないんじゃない?」
「……」
「それだけだろ」
ユウは目を丸くした。
紅葉が笑う。
「相変わらず簡単に言うな」
「簡単じゃないよ」
林夏は机の上の資料を見る。
「会えないなら、会えない理由を考える」
「どうして?」
「会いたいなら」
林夏はユウを見る。
「自分で会いに行けばいい」
その言葉に。
誰も何も言わなかった。
やがて。
澪が立ち上がった。
「私も一つ、話したいことがある」
三人が見る。
澪は端末を操作した。
画面に。
昨日の建物が映る。
「ここへ行った」
紅葉が反応した。
「私が見つけた場所とは違う」
「うん」
「何があった?」
澪は首を横に振る。
「入っていない」
紅葉が驚く。
「入らなかったのか?」
「入る必要がなかった」
「なぜ?」
澪は少し考えた。
「中に何があるかを知ることより」
一度、画面を消す。
「入るかどうかを自分で決めたことの方が重要だと思ったから」
林夏が笑った。
「それでいい」
紅葉は少し呆れた顔をした。
「お前まで林夏みたいになってきたな」
「それは困る」
「なんでだよ」
「食べる量が増えそうだから」
林夏が笑った。
「それは確かに困るな」
月白も笑う。
ユウも。
紅葉も。
ほんの少しだけ。
笑った。
そのとき。
店の外から。
鐘の音が聞こえた。
古い時計ではない。
どこか遠く。
街の中心から。
一度。
二度。
三度。
五人は窓の外を見る。
澪の端末が勝手に起動した。
【共同因果:更新】
【情報源:五】
【統合:失敗】
【原因:個別経験の差異】
林夏が言った。
「また失敗したな」
澪は画面を見る。
しかし。
今回は。
その下に新しい文字があった。
【失敗:問題なし】
【個別選択:継続】
【次段階:相互理解】
月白が小さく呟く。
「相互理解……」
紅葉が言う。
「また面倒なことを始めるつもりか」
林夏は椅子から立ち上がった。
「まあ」
五人を見る。
「分からない人同士なんだから」
そして。
笑った。
「分かるまで、話せばいいだろ」
誰も。
それを否定しなかった。
その夜。
五人は初めて。
「自分について話す」のではなく。
「相手について、自分が何を分かっていないのか」を話し始めた。
すぐには答えが出なかった。
当然だった。
人間一人を。
一晩で理解できるはずがない。
だから。
その夜は。
答えを出さなかった。
ただ。
互いに分からないまま。
同じ場所にいた。
それだけだった。




