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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第51章 それぞれの朝

朝。


街はいつもと変わらなかった。


電車が走る。


店のシャッターが開く。


人が歩く。


誰も昨日のことを知らない。


そして。


五人もまた、それぞれの朝を迎えていた。


林夏は店の前を掃いていた。


昨日の目覚まし時計を机の上に置いたまま。


時刻は正常だった。


「結局、何だったんだろうな」


誰に聞くでもなく呟く。


そのとき。


店の前を一人の老人が通った。


「あの」


林夏が呼び止める。


老人は振り返った。


「はい?」


「これ、昨日持ってきませんでした?」


目覚まし時計を見せる。


老人は首を横に振った。


「いや」


「そうですか」


「それがどうかしたのかね?」


「いや、何でもないです」


老人はそのまま歩いていった。


林夏は時計を見る。


そして。


何も考えずに机へ戻した。


一方。


月白は駅へ向かっていた。


昨日の写真のことを考えていた。


白澤。


昔の自分。


あの頃の約束。


全部。


確かに自分の過去だった。


でも。


過去だからといって。


今日の自分まで決める必要はない。


そう思えるようになっていた。


駅前で。


一人の女性に声をかけられた。


「すみません」


「はい?」


「この住所、分かりますか?」


女性は紙を差し出した。


月白は地図を見る。


「ここなら、反対方向です」


「あ、そうなんですか」


「駅の向こう側です」


「ありがとうございます」


女性は頭を下げた。


それだけだった。


月白は歩き出した。


知らない人。


知らない道。


知らない一日。


それでも。


少しだけ。


楽しいと思った。


その頃。


紅葉は古い施設の前に戻っていた。


昨日とは違う入口。


鍵がかかっている。


「……面倒だな」


ポケットから古い鍵を取り出す。


以前。


組織にいた頃に渡されたものだ。


鍵はまだ使えた。


扉が開く。


紅葉は中へ入った。


昨日見つけた資料の続きを探す。


棚を一つ。


二つ。


三つ。


そして。


一冊の薄い記録を見つけた。


表紙には。


【分岐対象管理記録】


と書かれている。


紅葉はページをめくった。


最初の数ページは。


昔の実験記録だった。


命軌の安定。


予測精度。


接触による誤差。


しかし。


最後のページだけ。


文字が違った。


【分岐した対象は、元の位置へ戻す必要はない】


紅葉の手が止まる。


「……戻す必要はない?」


その下。


【ただし、再接触した場合】


文章が途中で途切れていた。


紅葉は眉をひそめた。


「続きはどこだ」


そのとき。


背後で。


扉が閉まった。


紅葉は振り返る。


誰もいない。


「……なるほど」


紅葉は資料を閉じた。


「私一人で来て正解だったか」


一方。


ユウは学校にいた。


授業中。


先生が黒板に問題を書いている。


ユウはノートを取っていた。


普通の授業。


普通の一日。


けれど。


休み時間。


隣の席の男子が聞いてきた。


「なあ」


「ん?」


「お前、将来何になるの?」


ユウはペンを止めた。


少し考える。


「分からない」


「え?」


「まだ決めてない」


「でも、もう進路考えるだろ」


「そうだけど」


ユウは笑った。


「決めるのはこれからでいいかなって」


男子は少し考えて。


「変なの」


「そう?」


「普通は早く決めるもんじゃない?」


ユウは窓の外を見る。


「普通って、誰が決めるんだろうね」


男子は答えられなかった。


ユウも笑った。


「まあ、僕も分からないけど」


二人はそのまま話題を変えた。


そして。


澪は。


朝からずっと歩いていた。


目的地はない。


ただ。


端末の地図に表示される一本の線を追っている。


昨日から。


新しい線が一本だけ増えていた。


五人のどこにも繋がっていない。


【未登録地点】


澪はその前で立ち止まった。


古い建物。


看板はない。


入口もない。


ただ。


壁に小さな文字がある。


【観測する者は、観測される】


澪はしばらく見ていた。


そして。


笑った。


「……そういうことか」


彼女は端末を閉じた。


建物には入らなかった。


代わりに。


その場を離れた。


夕方。


林夏の店に。


月白が戻ってきた。


「ただいま」


林夏が顔を上げる。


「おかえり」


月白は少し驚いた。


「ただいまって言っていいの?」


「なんで?」


「ここ、私の家じゃないから」


林夏は考えた。


「じゃあ」


少し間を置いて。


「戻ってきたな」


月白は笑った。


「うん」


しばらくして。


紅葉が戻ってきた。


「ただいま」


林夏が言う。


「おかえり」


紅葉は一瞬黙った。


「……今日はそれで統一するのか?」


「便利だろ」


「まあな」


さらに。


ユウが来た。


「ただいま」


「おかえり」


そして。


最後に澪。


「ただいま」


林夏は笑った。


「おかえり」


五人が。


また店に集まった。


昨日とは違う。


一度離れて。


それぞれの場所へ行って。


それぞれのことをして。


そして。


自分の意思で戻ってきた。


澪が端末を見る。


【個別因果:分岐】


【再接触:発生】


【共同因果:再接続】


【原因:本人選択】


紅葉が資料を机の上に置いた。


「私も、少し分かったことがある」


月白が聞く。


「何?」


紅葉は記録を開いた。


「私たちは、分かれることを恐れる必要がない」


ユウが聞く。


「どういう意味?」


「昔の記録には」


紅葉はページをめくった。


「分岐した対象を、元に戻す必要はないと書いてある」


林夏が言った。


「じゃあ、戻らなくてもいいってこと?」


「そう」


紅葉は頷く。


「でも」


最後のページを見る。


「再接触した場合の記録がない」


沈黙。


林夏はしばらく考えた。


そして。


「じゃあ、書けばいい」


紅葉が見る。


「何を?」


林夏はペンを取った。


空白のページに。


一行だけ書いた。


【再接触後も、本人の選択を継続する】


月白がその文字を見る。


澪も。


ユウも。


紅葉は少し笑った。


「随分、雑な記録だな」


「いいだろ」


「正式な記録にならないぞ」


「じゃあ、正式じゃなくていい」


林夏はペンを置いた。


「俺たちが分かれば」


その夜。


古い時計が動いた。


今度は。


五つの針が。


それぞれ違う方向を指していた。


それでも。


時計は動いていた。


【個別因果:継続】


【共同因果:継続】


【分岐:許容】


【再接触:許容】


そして。


最後に。


新しい記録が残った。


【同じ場所へ戻る必要はない】


【戻ってきたい場所へ、自分で戻ればいい】


誰が書いたのか。


今度は。


誰にも分からなかった。

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