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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第50章 それぞれの行き先

その日の午後。


林夏は店に残っていた。


机の上には、修理を待つ時計が三つ。


古いラジオが二つ。


そして。


なぜか壊れていない目覚まし時計が一つ。


「……これは何なんだ?」


林夏が首を傾げる。


澪が横から見る。


「壊れていない」


「だよな」


「なら、どうして修理に出されたの?」


「それが分からない」


林夏は時計を持ち上げる。


裏側に小さな紙が挟まっていた。


そこには。


【明日の朝、止まる】


とだけ書かれていた。


林夏は紙を見た。


「予言?」


澪は首を横に振った。


「分からない」


「じゃあ、明日の朝まで待てばいいな」


「そういう問題?」


「そういう問題」


林夏は時計を机に戻した。


「壊れてから直せばいい」


澪は少し考えた。


「……合理的ではある」


「だろ?」


その頃。


月白は一人で街を歩いていた。


目的地はなかった。


ただ。


昨日から気になっている場所があった。


駅の裏側。


古い公園。


以前、誰かに連れて行かれたような気がする。


でも。


誰に連れて行かれたのか。


思い出せない。


公園の入り口で。


月白は立ち止まった。


ベンチが一つ。


古い自動販売機。


そして。


木の下に、小さな箱が置いてある。


月白は近づいた。


箱を開ける。


中には。


一枚の写真が入っていた。


写真には。


幼い月白が写っている。


隣には。


白澤がいた。


月白の手が止まった。


「……」


写真の裏には。


短い文章。


【忘れなくていい】


月白はしばらく写真を見つめた。


以前なら。


すぐに白澤のところへ行っていたかもしれない。


何かを確かめようとしたかもしれない。


でも。


今は違った。


写真を箱に戻す。


そして。


蓋を閉じた。


「今日は、帰ろう」


誰かに言われたわけではない。


誰かを拒絶したわけでもない。


ただ。


今の自分が選んだ。


その頃。


紅葉は古い施設から戻る途中だった。


手には。


一枚の資料。


そこには。


昔の命運修正機構について書かれていた。


紅葉は歩きながら読む。


【異常命軌同士の接触は、予測精度を低下させる】


【そのため、対象者を分離する】


紅葉は立ち止まった。


「……私たちが集まったこと自体が、最初から想定外だったのか」


紙を折る。


そして。


ポケットに入れた。


「なら」


紅葉は歩き出す。


「私が一人で調べればいい」


誰にも相談しない。


誰にも頼らない。


それが一番早いと思った。


一方。


ユウは学校から帰っていた。


駅を出たところで。


見覚えのある男に声をかけられた。


「君」


ユウが振り返る。


「はい?」


男は穏やかな顔をしていた。


「少し話をしないか」


「誰ですか?」


「昔、君の命軌を見たことがある」


ユウの表情が変わる。


男は続けた。


「二十七歳で終わる記録」


ユウは黙った。


以前なら。


怖くなったかもしれない。


でも。


今は違った。


「それ、まだ残ってるんですか?」


「残っている」


「そうですか」


ユウは少し考えた。


「でも、僕はもう気にしてません」


男が驚く。


「なぜ?」


「自分がいつ死ぬかなんて、まだ決めてないから」


「しかし、記録では――」


「記録ですよね?」


ユウは笑った。


「僕じゃなくて」


男は黙った。


ユウはそのまま歩き出した。


「今日は帰ります」


男は追わなかった。


そして。


澪は。


一人で店に残っていた。


端末を開く。


【個別選択の分岐:開始】


五つの点が表示される。


林夏。


月白。


紅葉。


ユウ。


澪。


それぞれの点から。


違う方向へ線が伸びていく。


澪は画面を見つめる。


「……分岐した」


以前なら。


システムは五人を一つの因果として扱っていた。


しかし。


今は違う。


それぞれが。


別々の場所へ。


別々の理由で。


別々の選択をしている。


澪は自分の線を見る。


そして。


小さく呟いた。


「私も……」


端末には。


【澪:次の選択】


【観測継続】


【帰還】


【独自行動】


三つの項目が表示された。


澪はしばらく見ていた。


そして。


三つとも選ばなかった。


画面を閉じる。


「今日は、これでいい」


その瞬間。


五人の線が。


一度だけ。


同時に揺れた。


【共同因果:継続】


【個別因果:分岐】


【接触:減少】


【関係:維持】


そして。


新しい一行。


【分かれることは、失うことではない】


夜。


林夏は店を閉めようとしていた。


机の上の目覚まし時計を見る。


まだ動いている。


月白は自分の部屋で眠る前に。


昼間の写真を思い出していた。


紅葉は古い資料を机の上に広げていた。


ユウは明日の授業の準備をしていた。


澪は端末を枕元に置いた。


五人は。


同じ場所にいなかった。


同じことをしていなかった。


同じ未来を見てもいなかった。


それでも。


誰かが誰かの人生を代わりに選ぶことはなかった。


翌朝。


林夏の店の時計が。


一度。


小さく鳴った。


止まらなかった。


ただ。


時刻が。


一分だけ進んでいた。


林夏はそれを見て。


笑った。


「一分くらいなら、まあいいか」


そして。


店の扉を開けた。


新しい一日が始まった。

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