第49章 同じ場所にいないという選択
翌朝。
万事修理店の前に、五人が集まっていた。
正確には。
集まる予定ではなかった。
林夏は店を開けるために来た。
月白は昨日借りた本を返すために来た。
紅葉は林夏に用事があった。
澪は端末の異常を調べるために来た。
ユウは昨日のラジオを取りに来た。
結果として。
五人が揃った。
林夏が店の鍵を開けながら言う。
「なんだ。今日も全員いるじゃん」
紅葉が答えた。
「別に待ち合わせたわけじゃない」
「知ってる」
「なら言うな」
月白が笑った。
そのとき。
澪の端末が鳴った。
【共同因果:継続】
【接触頻度:上昇】
【同一地点:増加】
【原因:不明】
澪は画面を見つめる。
「……また始まった」
林夏が覗き込む。
「今度は何を問題にしてる?」
「私たちが、自然に同じ場所へ集まること」
紅葉が言った。
「それの何が悪い?」
「分からない」
澪は画面を操作する。
「ただ、システムが原因を特定できていない」
ユウが聞く。
「じゃあ、調べようとしてるんですか?」
「たぶん」
林夏は肩をすくめた。
「別に調べなくてもいいだろ」
澪が顔を上げる。
「どうして?」
「集まる理由なんて、毎回違うんだから」
その言葉に。
誰も反論しなかった。
月白が店の中を見る。
「今日は何をするの?」
「修理」
「私は?」
「手伝いたければ手伝えばいい」
「手伝わなくても?」
「いいよ」
紅葉が言った。
「私は少し外に行く」
林夏が振り返る。
「どこへ?」
「分からない」
「じゃあ、行ってらっしゃい」
紅葉は少し意外そうな顔をした。
「止めないのか?」
「なんで?」
「……いや」
紅葉は笑った。
「そうだったな」
そのまま歩き出す。
ユウも言った。
「僕も学校に行ってきます」
林夏が手を振る。
「行ってらっしゃい」
澪は端末を見ていた。
「私は残る」
月白が言う。
「私も」
林夏は頷いた。
「じゃあ、今日は三人だな」
紅葉は少し離れたところから振り返った。
「勝手に人数を数えるな」
「五人から三人になっただけだろ」
「そういう意味じゃない」
紅葉はそれだけ言って、歩いていった。
しばらくして。
ユウも駅の方向へ向かった。
店には。
林夏、月白、澪の三人だけが残った。
澪が端末を見る。
【共同因果:五人】
【物理的同行:三人】
【離脱:二人】
【共同因果:継続】
澪は少し驚いた。
「……継続してる」
林夏が工具を手に取る。
「だから言っただろ」
「何を?」
「同じ場所にいることと、一緒にいることは別だって」
月白は黙って聞いていた。
澪は画面を閉じた。
「じゃあ」
「ん?」
「誰も同じ場所にいなくても、共同因果は成立する?」
林夏は少し考えた。
「分からない」
澪が笑う。
「またそれ?」
「分からないことは分からない」
月白も笑った。
「でも」
「ん?」
「たぶん、そういうことなんじゃないかな」
その頃。
紅葉は駅とは反対方向へ歩いていた。
目的地は決まっていない。
ただ。
昨日から少し気になっている場所があった。
古い建物。
以前、命運修正機構の人間が使っていた施設だ。
建物の前で。
紅葉は立ち止まった。
扉には。
もう誰も使っていないはずの札が掛かっている。
【関係者以外立入禁止】
紅葉は札を見た。
そして。
笑った。
「まだ、こういうのが残ってるのか」
扉を開ける。
中には誰もいない。
机。
椅子。
古い記録端末。
壁に貼られた古い資料。
紅葉は一枚の紙を手に取った。
そこには。
【共同行動による因果安定】
と書かれていた。
紅葉は眉をひそめた。
「……これ」
下の文章を読む。
【複数の異常命軌が接近した場合、相互作用により予測精度が低下する】
その下。
【対策:接触機会の分散】
紅葉は黙った。
「なるほど」
彼女は紙を机に置いた。
「私たちが集まること自体が、昔から問題だったわけか」
端末が起動した。
【対象:紅葉】
【過去記録:命運修正機構所属】
【現在記録:未定義】
【推奨行動:帰還】
紅葉は画面を見た。
そして。
電源を切った。
「帰るかどうかは、私が決める」
それだけ言って。
部屋を出た。
一方。
駅では。
ユウが電車を待っていた。
ホームの時計を見る。
【八時二十三分】
いつもの時間。
いつもの場所。
しかし。
向かい側のホームに。
一瞬だけ。
月白の姿が見えた。
ユウは目を疑った。
しかし。
よく見ると。
知らない女性だった。
ユウは笑った。
「……なんだ」
そして。
電車が来た。
誰も知らない場所へ。
それぞれが歩いている。
同じ時間。
違う場所。
違う目的。
違う選択。
それでも。
どこかで。
一本の線だけが残っている。
【共同因果:継続】
【物理的接触:不要】
【同一選択:不要】
そして。
その一番下に。
新しい記録が現れた。
【次段階:個別選択の分岐】
その文字を。
誰も見ていなかった。
誰も知らなかった。
だから。
その日だけは。
誰もそれを拒否しなかった。




