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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第47章 分からないままでもいい

翌朝。


万事修理店の前に、一人の少年が立っていた。


年齢は十歳くらい。


手には、壊れたラジオを持っている。


少年は店の看板を見上げた。


「ここ、修理屋さん?」


林夏は店の中から顔を出した。


「そうだよ」


「これ、直せる?」


「見せて」


少年がラジオを差し出す。


林夏は受け取ると、裏蓋を開けた。


「うん」


「直る?」


「たぶん」


「たぶん?」


「壊れ方による」


少年は少し不安そうな顔をした。


「絶対じゃないの?」


「絶対直るなら、修理屋じゃなくて魔法使いだよ」


紅葉が奥から言った。


「お前の場合、魔法使いでも信用できないけどな」


「ひどいな」


少年が笑った。


そのとき。


月白が店の奥から出てきた。


少年は彼女を見る。


少しだけ首を傾げた。


「お姉さんも、この店の人?」


月白は答えようとした。


しかし。


一瞬、止まった。


【認識:未設定】


端末が小さく光る。


月白は画面を見る。


そして。


電源を切った。


「うん」


「店員さん?」


「そういうことにしておこうか」


少年は納得したように頷いた。


「じゃあ、よろしくお願いします」


「こちらこそ」


少年は店の隅に座った。


林夏はラジオを調べ始めた。


澪はその様子を見ながら、端末を操作している。


ユウが小声で聞いた。


「澪さん、何してるんですか?」


「記録を見ている」


「また何か変わった?」


「うん」


澪は画面を見せた。


そこには。


【認識対象:一名】


【認識内容:未確定】


【関係:未設定】


と表示されていた。


「この子について、システムも判断できていない」


紅葉が言う。


「珍しくないか?」


「珍しい」


「私たちだけじゃなかったんだな」


澪は頷いた。


「たぶん」


林夏は工具を動かしながら言った。


「別にいいんじゃない?」


「何が?」


「分からないなら、分からないままで」


澪は林夏を見る。


「それが許されると思う?」


「なんで許可がいるんだよ」


林夏は顔を上げた。


「分からないものを、無理やり分かったことにする必要なんてないだろ」


紅葉が腕を組む。


「珍しくまともなことを言うな」


「珍しくは余計だ」


少年が突然口を挟んだ。


「このお姉ちゃんたち、何の話してるの?」


林夏は笑った。


「難しい話」


「子供だから分からない?」


「そうじゃない」


林夏はラジオを机の上に置いた。


「大人でも分からないことはある」


少年はしばらく考えた。


「じゃあ、分からなくてもいいの?」


「いいよ」


「本当に?」


「本当に」


少年は少し笑った。


「じゃあ、僕も分からないままでいいや」


その瞬間。


店の壁時計が止まった。


秒針が動かない。


澪の端末が赤く光る。


【認識不能】


【定義要求】


【対象:少年】


【質問:あなたは、誰ですか】


少年は端末を見ていない。


だから。


質問にも気づいていない。


澪だけが画面を見つめていた。


「……始まった」


林夏が工具を置く。


「今度は?」


「この子に定義を求めてる」


紅葉が少年を見る。


「本人は何も知らないぞ」


「だからこそ」


澪は答えた。


「システムは、本人が自分を定義する前に、外側から定義しようとしている」


月白が言う。


「でも、それは必要なの?」


澪は首を横に振った。


「分からない」


林夏が笑う。


「じゃあ、分からないままでいいじゃん」


澪も少しだけ笑った。


「……そうだね」


そのとき。


店の扉が開いた。


一人の女性が入ってきた。


「すみません」


少年が振り返る。


「あ、お母さん」


女性は少年のところへ歩いてきた。


そして五人を見る。


一瞬。


視線が止まった。


「……この人たちは?」


少年は答えた。


「修理屋さん」


「そう」


女性はそれ以上聞かなかった。


少年の手を取る。


「帰るよ」


「うん」


少年は立ち上がった。


そして林夏を見る。


「ラジオ、また明日取りに来ていい?」


「もちろん」


「じゃあ、また明日」


「また明日」


少年は母親と一緒に店を出ていった。


扉が閉まる。


しばらく誰も話さなかった。


やがて。


ユウが言った。


「結局、あの子は何者だったんでしょう?」


澪は端末を見る。


そこには。


【認識:不明】


【関係:不明】


【命軌:正常】


【選択:未登録】


とだけ表示されていた。


紅葉が言う。


「普通の子供じゃないのか?」


「普通かどうかも、判断できない」


「でも」


月白が静かに言った。


「本人が自分を何者だと決める必要もないんじゃない?」


林夏が頷いた。


「そういうこと」


ユウは少し考えてから言った。


「僕たちも、そうだったんですよね」


月白が見る。


「そうだね」


「最初から、自分が何者なのか分かってたわけじゃない」


「うん」


ユウは笑った。


「じゃあ、分からないまま生きててもいいんですね」


林夏は答えなかった。


代わりに。


店の時計を見た。


止まっていた秒針が。


再び動き始める。


一秒。


また一秒。


時間が戻ってくる。


その瞬間。


壁に一行だけ文字が浮かんだ。


【理解されないことは、存在しないことではない】


誰も触れなかった。


誰も消そうとしなかった。


しばらくして。


月白が小さく笑う。


「今日は、少し静かだね」


林夏は椅子に座った。


「じゃあ、昼飯でも食べよう」


紅葉が呆れた顔をする。


「話をそらすな」


「そらしてない」


林夏は立ち上がった。


「分からないことが増えたから、腹が減っただけ」


ユウが笑う。


澪も笑う。


月白も笑った。


紅葉だけがため息をついた。


「……本当に、お前は変わらないな」


林夏は振り返る。


「変わらないんじゃない」


「じゃあ何だ?」


「変わるかどうかも、まだ決めてない」


紅葉は一瞬黙った。


そして。


「……それも悪くないな」


五人は店を出た。


誰が誰なのか。


何者なのか。


どう見られているのか。


分からないことは、まだたくさんある。


けれど。


分からないことを、急いで答えに変える必要はなかった。


少なくとも。


自分で答えを選ぶ、その日までは。

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