第46章 誰にどう見られるか
その日の午後。
五人は商店街を歩いていた。
特に目的はない。
林夏は途中で立ち止まり、店先の焼き菓子を見ていた。
「これ、うまそう」
月白が横から覗く。
「さっき昼ご飯食べたよ」
「お菓子は別だろ」
「そういうもの?」
「そういうもの」
紅葉が後ろから言った。
「お前は本当に食べることばかりだな」
「食べられるときに食べる」
ユウが笑う。
「それ、前にも聞きました」
澪は端末を見ていた。
突然。
画面が光る。
【認識設定:更新】
澪が足を止める。
「……また始まった」
林夏が振り返る。
「今度は何?」
「関係じゃない」
「じゃあ?」
澪は画面を見せた。
そこには。
【他者からの認識】
という項目があった。
その下に。
【林夏:自由人】
【月白:同行者】
【紅葉:協力者】
【澪:観測者】
【ユウ:保護対象】
紅葉が眉をひそめる。
「また勝手に決めてるじゃないか」
澪が首を横に振る。
「今回は少し違う」
「何が?」
「関係ではなく、周囲の人間が私たちをどう見るかを設定している」
ユウが聞いた。
「それって、さっきの人たちの認識を変えるってこと?」
「可能性が高い」
林夏は自分の表示を見る。
【自由人】
「まあ、間違ってないな」
紅葉が笑う。
「お前は本当に気にしないな」
「自由人って便利じゃん」
「そういう問題か?」
月白の画面には。
【同行者】
と表示されていた。
月白はしばらく見ていた。
「私は……」
林夏を見る。
「これも少し違う」
林夏が聞く。
「何が?」
「誰かと一緒に歩くことはあるけど」
月白は少し考えた。
「誰かと一緒にいることだけが、私ではないから」
画面が変わる。
【認識:同行者】
【本人修正:拒否】
しかし。
すぐに。
【代替認識を入力してください】
と表示された。
月白は困った顔をした。
「また選ばないといけないの?」
澪が言う。
「そうみたい」
紅葉は自分の画面を見る。
【協力者】
「私はこれでいい」
林夏が見る。
「本当に?」
「協力することはある」
「じゃあ、それで」
紅葉は少し考える。
「でも」
画面を操作する。
【協力者:条件付き】
【理由:本人選択】
「これならいい」
林夏が笑った。
「細かいな」
「うるさい」
ユウは自分の画面を見ていた。
【保護対象】
その文字を。
しばらく見つめている。
そして。
「僕も変えたいです」
林夏が言う。
「何に?」
ユウは少し悩んだ。
「……分かりません」
紅葉が言う。
「なら、今は変えなくてもいい」
ユウが顔を上げる。
「いいんですか?」
「決められないなら、決めない」
ユウは頷いた。
【保護対象:保留】
澪は自分の画面を見る。
【観測者】
彼女は少し笑った。
「私はこれでいい」
林夏が聞く。
「本当に?」
「観測するのは好きだから」
「それだけ?」
澪は少し考えた。
「でも」
画面を操作する。
【観測者:暫定】
「暫定?」
「いつか変わるかもしれない」
林夏は頷いた。
「それでいい」
五人がそれぞれ入力を終えた。
すると。
街の看板が一斉に変わった。
【他者認識:本人設定】
【変更:可能】
【固定:不可】
林夏が笑う。
「また一つ、勝手に決められなくなったな」
澪が画面を見る。
「……違う」
「何が?」
「システムが今度は、他者認識を本人に返した」
紅葉が言う。
「つまり、自分がどう見られるかも自分で決められる?」
澪は少し考える。
「正確には違う」
「じゃあ?」
「自分がどう見られたいかを選べるだけ」
「同じじゃないか?」
「違う」
澪は街を見た。
「他人がどう見るかまでは、完全には決められない」
林夏が笑った。
「そりゃそうだ」
「だから」
澪は続ける。
「自分で選べるのは、自分の側だけ」
月白が頷いた。
「それで十分かもしれないね」
そのとき。
商店街の向こうから。
昨日の女性が歩いてきた。
月白に声をかけた女性だった。
女性は五人を見る。
今度は。
五人全員を認識していた。
そして。
月白に近づく。
「こんにちは」
月白も頭を下げる。
「こんにちは」
女性は少し迷ったあと。
「この前は、失礼しました」
「大丈夫です」
「あなたのことを、昔から知っているような気がしたんです」
月白は黙って聞いている。
女性は笑った。
「でも、たぶん違ったんでしょうね」
「……」
「人って、昔の記憶だけで今の人を見ることがありますから」
月白は少し驚いた。
そして。
「そうですね」
女性はそのまま去っていった。
紅葉が言う。
「随分、都合よく変わったな」
澪は首を横に振った。
「変わったとは限らない」
「どういうこと?」
「彼女自身が考えたのかもしれない」
林夏が笑う。
「どっちでもいいだろ」
「またそれか」
「だって」
林夏は焼き菓子の店を見る。
「本人がそう言ったなら、それでいいじゃん」
月白が笑った。
「じゃあ、さっきのお菓子」
「買う?」
「うん」
「決まり」
五人は店に入った。
誰が誰なのか。
どんな関係なのか。
どう見られるのか。
まだ全部は決まっていない。
でも。
少なくとも。
誰かが勝手に決めた名前を、そのまま自分自身だと思う必要はなくなっていた。
その夜。
街の記録が更新された。
【他者認識:本人設定】
【関係:未定義】
【役割:暫定】
【過去:参考】
【現在:本人選択】
【未来:未確定】
そして。
一番下に。
新しい一行が追加された。
【他人からどう見えるかは、本人だけでは決められない】
少し間を置いて。
その下に、もう一行。
【だからこそ、自分がどう生きるかは本人が決める】
画面が暗くなった。
誰かが書いたのか。
誰かが記録したのか。
それは、まだ分からなかった。




