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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第43章 何もしない時間の中で

翌朝。


万事修理店は、いつもより静かだった。


林夏は店の前に立っていた。


シャッターは開いている。


しかし。


客は来ない。


時計を見る。


午前十時。


「暇だな」


誰に言うでもなく呟いた。


そのとき。


店の奥から物音がした。


月白が出てくる。


「まだいたの?」


「店だからな」


「昨日もここにいたよね」


「うん」


「ずっと?」


「寝るときは帰った」


月白が笑う。


「それならよかった」


林夏は椅子を一つ出した。


「座る?」


「うん」


二人は店の前に座った。


しばらく。


何も起きなかった。


月白が通りを見る。


林夏は壊れた時計を修理している。


カチ。


カチ。


時計の針が動く。


月白が聞いた。


「昨日のこと、どう思う?」


「何もしなかったこと?」


「うん」


林夏は工具を置いた。


「悪くなかった」


「私も」


二人はそれ以上話さなかった。


その頃。


少し離れた場所では。


紅葉とユウが歩いていた。


「今日、何する?」


ユウが聞く。


紅葉は答えない。


「決めてない」


「珍しいですね」


「いつも決めてると思うな」


「そうなんですか?」


「……そういうことにしておけ」


ユウが笑う。


二人は商店街を歩いた。


特に目的はない。


本屋を通り過ぎる。


食堂を通り過ぎる。


公園を通り過ぎる。


どこにも入らない。


ユウが言った。


「結局、何もしませんね」


「そうだな」


「これも選択なんでしょうか」


紅葉は少し考えた。


「分からない」


「紅葉さんでも分からないことがあるんですね」


「あるに決まってるだろ」


ユウは笑った。


「じゃあ、今日は分からないままでいいですね」


紅葉は一瞬だけ黙った。


「……そうだな」


その頃。


澪は一人で端末を調べていた。


昨日の記録。


【待機:終了】


【未選択時間:記録対象外】


その下に。


新しい項目が増えている。


【未選択時間:再評価】


澪の眉が動いた。


「……やっぱり」


画面を開く。


すると。


【行動なし】


【選択なし】


【因果変動:なし】


と表示されている。


しかし。


数秒後。


文字が変わった。


【行動なし】


↓


【環境への影響:あり】


澪は立ち上がった。


「そういうことか」


すぐに五人のグループへ連絡する。


林夏の端末が鳴った。


「もしもし?」


『今、どこ?』


「店」


『動かないで』


「なんで?」


『今、システムが環境を動かしてる』


林夏は外を見る。


「……何も変わってないぞ」


『まだ』


その直後。


通りの信号が変わった。


赤。


青。


また赤。


誰も道路を渡っていないのに。


信号だけが異常な速度で切り替わる。


月白が立ち上がった。


「何?」


林夏も立つ。


「分からない」


向こうから紅葉とユウが走ってきた。


「こっちも変だ」


紅葉が言った。


「何が?」


「道が変わった」


「道?」


「さっきまであった路地が消えてる」


澪も合流した。


「やっぱり」


彼女は端末を見せる。


【環境調整:開始】


【対象:未選択時間】


【目的:選択誘導】


ユウが言った。


「何もしてないのに?」


「そう」


澪は頷いた。


「システムは、私たちが何もしない状態を放置しなくなった」


林夏が聞く。


「じゃあ、どうする?」


澪は答えた。


「分からない」


紅葉が言った。


「またそれか」


「今度は本当に分からない」


五人は周囲を見る。


道が一本。


その先に看板がある。


【こちらへ】


反対側にも。


【こちらへ】


林夏が笑った。


「両方こっちって書いてあるぞ」


紅葉が呆れる。


「選ばせたいんだろ」


「でも」


ユウが言った。


「選びたくないなら?」


全員が黙った。


林夏が言った。


「座る?」


「また?」


「うん」


五人は道の真ん中に座った。


通行人が不思議そうに見る。


誰も歩かない。


誰も選ばない。


ただ座る。


数分。


十数分。


何も起きない。


やがて。


看板の文字が変わった。


【選択してください】


林夏は見る。


「嫌だな」


月白が笑う。


「うん」


紅葉も座ったまま言う。


「今日は選ばない」


ユウが頷く。


「僕も」


澪は端末を見る。


【環境調整:継続】


【選択:なし】


【誘導:失敗】


そして。


【環境調整:停止】


看板の文字が消えた。


二本の道も。


元に戻った。


澪が画面を見る。


「止まった」


林夏が立ち上がる。


「じゃあ帰るか」


紅葉が言った。


「どっちへ?」


林夏は左右を見る。


「分からない」


「……」


「だから」


林夏は適当に歩き出した。


「こっち」


月白が笑う。


「理由は?」


「なんとなく」


ユウも歩き出す。


「じゃあ、僕も」


紅葉がため息をつきながら続く。


「仕方ない」


澪も後ろから歩く。


「記録上は?」


林夏が振り返る。


「知らない」


澪は少し笑った。


「それでいいと思う」


五人は歩いた。


しばらくして。


小さな川に出た。


水面に夕方の光が映っている。


誰も何も言わなかった。


ただ。


五人で立っていた。


そのとき。


月白が小さく言った。


「何もしないって」


「うん?」


「何もないことじゃないんだね」


林夏は川を見る。


「そうかもな」


「私たちが何もしなくても、世界は動く」


「うん」


「でも、その世界が動いたからって、私たちまで動かなきゃいけないわけじゃない」


林夏は少し笑った。


「それでいいんじゃない?」


月白も笑った。


「うん」


その夜。


五人の端末には、同じ記録が残っていた。


【未選択時間:継続】


【環境調整:失敗】


【誘導:停止】


【現在選択:本人】


そして。


最後に。


【無行動:選択として成立】


少し離れた場所。


白澤もその記録を見ていた。


彼はしばらく画面を見つめたあと。


何も操作しなかった。


ただ。


端末を閉じた。


今日も。


彼は月白に会わなかった。


追わなかった。


呼ばなかった。


何もしなかった。


しかし。


その「何もしない」という選択だけは。


確かに彼自身が選んでいた。

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