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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第42章 何もしないという選択

翌朝。


万事修理店の前に、月白が立っていた。


まだ店は開いていない。


シャッターも閉まったままだ。


月白は時計を見る。


約束をしたわけではない。


それでも。


なぜか、ここに来ていた。


しばらくして。


店の中から物音がした。


ガタン。


続いて。


「痛っ……」


月白は笑った。


「林夏?」


「いる」


「何してるの?」


「掃除」


「まだ開けてないのに?」


「店は開けなくても掃除する」


シャッターが少しだけ上がる。


林夏が顔を出した。


「おはよう」


「おはよう」


「早いな」


「なんとなく」


「俺も」


「何が?」


「なんとなく」


二人は顔を見合わせた。


そして。


月白が笑った。


「変なの」


「そう?」


「うん」


「じゃあ、朝飯食べる?」


「うん」


そのとき。


二人の端末が同時に光った。


【同行予定:未設定】


【集合予定:未設定】


【選択理由:不明】


月白が画面を見る。


「私たち、約束してないのに」


「来たな」


「システムは?」


林夏は少し考えた。


「分からないんじゃないか?」


澪なら。


そう言うだろう。


二人は店を出た。


少し先の角で、紅葉と澪とユウに会った。


ユウが手を振る。


「おはようございます」


林夏が聞く。


「お前らも早いな」


紅葉が答える。


「たまたまだ」


澪は端末を見ている。


「全員、集合予定が設定されていない」


林夏が言った。


「じゃあ、本当にたまたま?」


「可能性はある」


「なら、それでいいだろ」


五人は歩き出した。


目的地は決まっていなかった。


しかし。


昨日までと違って。


街の看板にも、端末にも。


今日は何も表示されない。


【推奨行動】


も。


【次の選択】


も。


【関係】


も。


何もない。


ユウが不安そうに言った。


「……静かですね」


紅葉が周囲を見る。


「静かすぎる」


澪が端末を確認する。


「観測が止まっているわけじゃない」


「じゃあ?」


「記録していない」


林夏が笑った。


「休んでるんじゃない?」


澪が林夏を見る。


「システムが?」


「そう」


「そんなことがある?」


「あるかもしれない」


紅葉が呆れた。


「お前は何でも簡単に考えるな」


「複雑に考えても、答えが出るとは限らないからな」


月白が言った。


「それもそうだね」


五人は商店街を歩いた。


途中で。


林夏が立ち止まる。


「ここ」


小さな古本屋だった。


入口には。


『本日休業』


と書かれている。


ユウが言う。


「休みですね」


林夏がドアを開けようとする。


紅葉が止めた。


「閉まってるだろ」


「そうだな」


「なら、なぜ開ける?」


「開くかと思って」


「……」


林夏は諦めた。


「じゃあ帰るか」


その瞬間。


端末が一斉に光った。


【行動:入店】


【予測:成立】


五人が止まる。


澪が顔を上げた。


「今、システムが初めて予測した」


「何を?」


「林夏が店に入ろうとしたこと」


林夏が言う。


「でも入ってない」


澪が画面を見る。


【行動:入店】


【結果:未実施】


【予測:失敗】


紅葉が笑った。


「結局、失敗じゃないか」


しかし。


その下に。


新しい表示が出た。


【未実施行動:記録】


ユウが首を傾げる。


「やらなかったことまで記録するんですか?」


澪は頷いた。


「そうみたい」


林夏が店を見る。


「じゃあ、何もしなくても記録される?」


「可能性がある」


紅葉が眉をひそめる。


「それじゃあ、結局何をしても記録されるじゃないか」


林夏は少し考えた。


「そうだな」


「なら、自由じゃない」


「どうして?」


「何をしても記録されるなら」


紅葉は言葉を止めた。


林夏が続ける。


「記録されることと、決められることは同じじゃないだろ」


「……」


「俺が店に入らなかったことを記録されても」


林夏は店から離れた。


「入るかどうかを決めたのは俺だ」


澪の端末が更新された。


【未実施行動:本人選択】


紅葉は画面を見る。


「なるほど」


ユウが言った。


「やらないことも、自分で決められる」


「そういうこと」


月白が静かに笑った。


「何もしないことも、選べるんだね」


林夏が頷く。


「うん」


五人はそのまま歩いた。


やがて。


小さな公園に着いた。


ベンチが空いている。


誰も何も言わず。


五人とも座った。


しばらく。


何もしなかった。


話さない。


歩かない。


食べない。


選ばない。


ただ座っていた。


数分後。


澪の端末が光った。


【行動:待機】


【予測:不能】


【理由:選択なし】


そして。


その下に。


【待機:継続】


ユウが画面を覗き込む。


「これって……」


澪が頷く。


「システムにも予測できない」


紅葉が笑った。


「何もしないだけで?」


「そう」


林夏がベンチに背を預けた。


「じゃあ、今日はこれでいいな」


月白が笑う。


「何もしない日?」


「そう」


紅葉が言った。


「暇じゃないか?」


「暇も悪くない」


ユウも頷いた。


「僕は好きです」


澪は端末を閉じた。


「私も」


五人はそのまま座っていた。


その間。


街のどこにも。


新しい指示は現れなかった。


選択肢も。


予測も。


関係定義も。


何も。


ただ。


時間だけが進んだ。


夕方になった。


月白が立ち上がる。


「そろそろ帰ろうか」


林夏も立った。


「うん」


紅葉も。


ユウも。


澪も。


誰かに命令されたわけではない。


誰かに選ばされたわけでもない。


ただ。


帰ろうと思ったから。


立った。


五人の端末に。


最後の記録が表示された。


【待機:終了】


【終了理由:本人選択】


その下に。


これまでなかった文字が現れた。


【未選択時間:記録対象外】


澪が画面を見つめた。


「……」


林夏が聞く。


「どうした?」


澪は少しだけ笑った。


「今日、初めて」


「何が?」


「何も記録されない時間ができた」


五人は歩き出した。


誰もそのことについて話さなかった。


その夜。


別の場所。


白澤は一人で窓の外を見ていた。


机の上には端末がある。


そこには。


【月白――現在:未定義】


【接触:未実施】


【選択:待機】


と表示されていた。


白澤は端末を見て。


手を伸ばしかける。


しかし。


止めた。


電話もしない。


会いにも行かない。


何もしない。


しばらくして。


端末が静かに更新された。


【白澤:行動なし】


【理由:本人選択】


白澤は小さく息を吐いた。


「……今日は、それでいい」


画面が暗くなる。


そして。


誰にも見られない場所で。


一つの記録が追加された。


【待つことも、選択である】

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