第40章 過去の記録と、今の選択
白澤が去ってから。
五人はしばらく何も話さなかった。
街はいつも通りだった。
車が走り、人が歩き、店の看板が明滅している。
誰も先ほどの出来事を気にしていない。
それが、かえって不自然だった。
紅葉が最初に口を開いた。
「……あいつは、本当に何もしなかったな」
林夏が答える。
「今日はな」
「信用しているのか?」
「してない」
即答だった。
紅葉が少し笑う。
「ならいい」
月白は黙って歩いている。
林夏が横を見る。
「大丈夫?」
「うん」
「本当に?」
「うん」
少し間を置いて。
月白が言った。
「昔のことを思い出しただけ」
林夏はそれ以上聞かなかった。
月白が話したくなれば話す。
話したくなければ、聞かない。
それでいいと思った。
しかし。
澪の端末が突然震えた。
【関係履歴:更新】
澪が足を止める。
「また?」
紅葉が覗き込む。
画面には。
【月白――白澤】
【過去:関係成立】
【現在:関係未定義】
【継続可能性:高】
ユウが聞いた。
「継続可能性って何ですか?」
「過去の関係が、現在にも影響する可能性」
林夏が眉をひそめる。
「それって、つまり」
澪が頷いた。
「過去の記録が、現在の選択を予測する材料になっている」
月白が画面を見る。
「私が昔、白澤と一緒にいたから?」
「そう」
「だから、今も一緒にいる可能性が高いと?」
「システム上は」
月白は少し考えた。
「……違う」
澪が見る。
「何が?」
「過去に一緒にいたことと、今一緒にいることは別」
林夏が小さく笑った。
「そうだな」
月白は続けた。
「昔の私が選んだことを、今の私がもう一度選ぶとは限らない」
その瞬間。
端末の表示が変わった。
【過去記録:参照】
【現在選択:確認】
【一致:未確認】
紅葉が言った。
「なるほど」
「何?」
「今までのシステムは、過去から未来を繋げようとしていた」
澪が頷く。
「そう考えられる」
「でも」
紅葉は月白を見る。
「今は、過去と現在を分け始めた」
月白は何も言わなかった。
林夏が歩き出す。
「じゃあ、少し進んだな」
紅葉が聞く。
「何が?」
「俺たちのほうが」
五人は再び歩いた。
しばらくして。
小さな公園に入った。
ベンチが五つ並んでいる。
林夏が一つに座った。
「休憩」
紅葉が呆れる。
「まだ歩き始めてから十分しか経ってない」
「十分も歩いた」
「……」
ユウが隣に座る。
「僕も休みます」
月白も座った。
澪はベンチではなく、少し離れた場所に立った。
紅葉だけが立ったままだった。
林夏が言う。
「紅葉も座れば?」
「私はいい」
「疲れてない?」
「疲れてない」
「じゃあ座ればいい」
「その理屈はおかしいだろ」
ユウが笑った。
「いつも通りですね」
紅葉は少し考えてから。
結局、座った。
その瞬間。
公園の中央にある時計が止まった。
五人が同時に気づく。
【関係行動:開始】
澪が端末を見る。
「……また始まった」
時計の下に文字が浮かんだ。
【あなたの関係には、役割があります】
その下に。
【同行者】
【協力者】
【観測者】
【保護対象】
【未定義】
林夏が画面を見る。
「保護対象って誰?」
ユウが自分を指差した。
「僕じゃないですか?」
紅葉が言った。
「たぶんそうだ」
ユウは少し考える。
「……嫌だな」
林夏が見る。
「何が?」
「保護される側って決められるの」
林夏は笑った。
「じゃあ、保護されなければいい」
「そんな簡単に?」
「うん」
ユウは少し笑った。
「じゃあ、そうします」
端末が反応した。
【保護対象:拒否】
【本人選択:確認】
続いて。
紅葉の端末。
【協力者:継続】
紅葉が眉をひそめる。
「勝手に決めるな」
彼女が画面を閉じる。
【協力者:保留】
澪の端末。
【観測対象:継続】
澪はそれを見て、少し考えた。
「これは……完全には間違ってない」
林夏が聞く。
「観測してるから?」
「うん。でも、それだけではない」
澪は画面を操作した。
【観測対象:保留】
月白の端末には。
【同行者:継続】
月白は画面を見つめた。
そして。
「これも違う」
林夏を見る。
「私は、林夏と一緒にいることを選ぶこともある」
少しだけ間を置く。
「でも、それだけが私の関係ではない」
【同行者:保留】
最後に。
林夏の端末。
【選択対象:月白】
林夏は画面を見て。
「これ、なんだ?」
澪が答える。
「たぶん、システムがあなたを基準に関係を整理しようとしている」
「俺を?」
「そう」
林夏は少し考えた。
そして。
端末を操作する。
【選択対象:拒否】
【関係:未定義】
紅葉が笑った。
「お前らしいな」
林夏は肩をすくめる。
「だって、俺が決めることじゃないだろ」
月白が彼を見る。
その表情は、少しだけ柔らかかった。
時計が動き始める。
秒針が一つ進む。
二つ。
三つ。
そして。
公園にいた人々も動き出した。
誰も何も覚えていない。
ただ。
五人の端末だけに、新しい記録が残っていた。
【役割:すべて保留】
【関係:未定義】
【本人選択:継続】
【過去記録:参照可能】
【現在選択:優先】
澪が最後の項目を見つめる。
「……現在選択が優先された」
林夏が立ち上がる。
「じゃあ、いいじゃん」
「何が?」
「昔のことより、今どうするかが大事になった」
月白も立ち上がる。
「そうだね」
ユウも立つ。
紅葉も立った。
五人は公園を出る。
誰が先に歩くのか。
どこへ向かうのか。
誰と話すのか。
誰の隣に立つのか。
その全部が、まだ決まっていなかった。
だからこそ。
五人は、それぞれ自分の足で歩いた。
その日の夕方。
街の記録が更新された。
【過去:参考】
【現在:優先】
そして。
その下に、小さな文字が追加された。
【未来:本人選択待ち】
その記録を見ていた誰かが。
静かに呟いた。
「……過去だけでは、もう決められないか」
画面の向こうで。
別の記録が開かれる。
【白澤――月白】
【過去:成立】
【現在:未定義】
【未来:未確定】
そして最後に。
【次回接触:予測不能】
画面が暗くなった。




