第38章 名前をつけられた人たち
食堂を出てから、しばらく歩いた。
五人の間に、いつもと違う沈黙があった。
誰も気まずそうにはしていない。
ただ。
さっき表示された言葉だけが、頭の片隅に残っていた。
【関係:未定義】
林夏が突然言った。
「でもさ」
紅葉が振り返る。
「何?」
「俺たちって、結局なんなんだろうな」
「今それを考える?」
「ちょっと気になった」
月白が笑う。
「林夏がそういうことを考えるなんて珍しいね」
「俺だって考えるぞ」
「たまにね」
「ひどいな」
ユウが笑った。
澪は何も言わずに歩いている。
そのとき。
前方から、一人の女性が歩いてきた。
五人とすれ違う直前。
女性が突然、立ち止まった。
そして。
林夏を見る。
次に月白を見る。
紅葉を見る。
澪を見る。
ユウを見る。
少し不思議そうな顔をした。
「……五人?」
林夏が答える。
「はい」
女性は安心したように笑った。
「よかった」
「何が?」
「昨日は四人だったから」
五人が一斉に顔を見合わせた。
女性はそのまま歩いていった。
澪が端末を確認する。
【認識対象:五名】
【周辺認識:五名】
【共同因果:五名】
「昨日とは違う」
紅葉が言った。
「うん」
「じゃあ、記録が変わったことで、周囲の認識も変わったのか?」
澪は答えなかった。
その代わり。
別の端末を取り出した。
「少し待って」
数秒後。
画面に街の記録が表示される。
【認識補正:実施】
林夏が眉をひそめた。
「認識補正?」
「そう」
「何を補正した?」
澪は画面を拡大した。
そこには。
【人数】
【関係】
【所属】
【同行履歴】
という項目が並んでいた。
ユウが言った。
「つまり……」
「私たちのことを、周囲の人間がどう認識するかまで調整している」
紅葉が舌打ちする。
「勝手に?」
「そう」
林夏は少し考えた。
「でも、昨日の人は俺たちを四人だと思っていた」
「うん」
「今日は五人だと思っている」
「うん」
「だったら、別に大きな問題じゃないんじゃないか?」
紅葉が振り返る。
「お前、本当にそう思ってるのか?」
「思ってる」
「もし明日、俺たちが三人だと認識されたら?」
林夏は黙った。
紅葉は続ける。
「そのうち、一人だけ存在しないことにされるかもしれない」
月白が静かに言った。
「……それは嫌だ」
澪を見る。
「澪が消えることも?」
「うん」
月白は迷わなかった。
「誰であっても」
その言葉に。
澪は少しだけ目を伏せた。
林夏が言った。
「じゃあ、覚えておけばいい」
「何を?」
「五人いるって」
紅葉がため息をつく。
「簡単すぎる」
「でも、他に方法あるか?」
「……」
「記録を消せないなら、自分たちの側で覚えておけばいい」
ユウが頷いた。
「僕も覚えます」
紅葉がユウを見る。
「お前まで」
「だって」
ユウは笑った。
「僕がいなくなったことにされたら嫌ですから」
紅葉は何も言わなかった。
しばらくして。
「……私も覚えておく」
月白が笑う。
「じゃあ、私も」
澪は四人を見る。
「私も」
五人は、誰に命令されたわけでもなく。
それぞれ自分で言った。
その直後。
全員の端末が光った。
【共同因果:五名】
【維持条件:相互認識】
【補足:本人同士による認識】
澪が画面を見つめる。
「……また変わった」
林夏が聞く。
「何が?」
「共同因果の条件」
「前は?」
「本人選択」
「今は?」
「相互認識」
紅葉が腕を組む。
「つまり、自分たちが互いを認識していれば、共同因果は維持される?」
「可能性が高い」
林夏は少し笑った。
「じゃあ簡単だ」
「何が?」
「毎日、顔を見ればいい」
月白が笑う。
「それだけ?」
「それだけ」
紅葉が言う。
「随分と雑だな」
「でも分かりやすいだろ」
ユウが笑う。
「じゃあ、毎日集合します?」
林夏が頷く。
「できる日はな」
澪が聞く。
「できない日は?」
林夏は少し考えた。
「その日は、その日でいい」
月白が彼を見る。
「本当に?」
「うん」
「また戻ってくればいい?」
「戻りたかったら」
月白は少し笑った。
「分かった」
五人はまた歩き始めた。
そのとき。
街の大きな画面に文字が表示された。
【あなたの関係を確認してください】
五人が立ち止まる。
画面には、昨日と同じような選択肢が並んでいた。
【家族】
【友人】
【恋人】
【仲間】
その下に。
【その他】
林夏が画面を見た。
「その他って便利だな」
紅葉が笑う。
「お前らしい」
月白は画面を見つめていた。
しばらくして。
「でも」
「何?」
「どれも、少し違う気がする」
ユウも頷いた。
「僕もです」
澪が言う。
「なら、選ばなければいい」
紅葉が画面を見る。
「またそれか」
林夏が笑った。
「でも、そうするしかないだろ」
五人はその場を離れた。
画面には。
【回答:未入力】
と表示された。
数秒後。
その表示が消えた。
代わりに。
【関係:未定義】
とだけ残った。
その夜。
万事修理店。
林夏は一人で店のシャッターを閉めていた。
振り返る。
月白が店の前に立っている。
「まだ帰ってなかったの?」
「うん」
「どうした?」
月白は少し迷ってから言った。
「今日、楽しかった」
林夏が笑う。
「昼飯?」
「それも」
「じゃあ、明日も食べるか?」
月白は笑った。
「うん」
二人は店の前に並んで立った。
特別な約束はしなかった。
未来の話もしなかった。
ただ。
明日も会えるかもしれない。
それだけだった。
その夜。
誰も見ていないところで。
街の記録が更新された。
【共同因果:五名】
【関係:未定義】
【相互認識:継続】
そして。
最後の一行。
【関係定義:保留】
その記録だけは。
誰にも変更できなかった。




