第36章 記録されないもの
五人は、古い商店街を歩いていた。
昨日と同じ街。
けれど、昨日とは少し違って見えた。
澪は端末を持ったまま、何度も画面を確認している。
【共同因果:四名】
【認識対象:五名】
【実在確認:五名】
【差異:発生】
何度見ても、表示は変わらなかった。
林夏が隣から覗き込む。
「まだ四人?」
「うん」
「でも、五人いる」
「そう」
「じゃあ、気にしなくていいんじゃないか?」
澪は少し考えた。
「そうかもしれない」
紅葉が後ろから言う。
「お前らしいな」
「何が?」
「分からないものを、すぐ気にしなくなるところ」
林夏は笑った。
「だって、今ここにいることは分かってるから」
月白が静かに言った。
「でも、記録されているものが違うなら、少し怖い」
林夏は彼女を見る。
「怖い?」
「うん」
月白は端末を見た。
「昔の私は、記録されているものを信じていたから」
その言葉に、紅葉が黙った。
月白は続ける。
「誰かが決めた未来があって」
「……」
「誰かが決めた役割があって」
「……」
「そこから外れなければ、間違えないと思っていた」
林夏は何も言わなかった。
月白は少し笑う。
「でも、今は違う」
「どう違う?」
「記録に私がどう書かれていても」
月白は自分の胸に手を当てた。
「私が何を思っているかは、私にしか分からないから」
澪がその言葉を聞いて、端末を閉じた。
「……それも記録されていない」
「うん」
「でも、確かに存在している」
「そうだね」
そのとき。
商店街の奥から、昨日の老人が歩いてきた。
五人に気づくと、足を止めた。
「また五人か」
紅葉が聞く。
「昨日は四人と言っていたな」
老人は笑った。
「今日は五人だよ」
澪が尋ねる。
「何が変わったんですか?」
「さあ」
「昨日と同じ五人です」
「そうだね」
老人はあっさり答えた。
「でも、昨日は四人だった」
ユウが困った顔をする。
「意味が分かりません」
「そうだろうね」
老人は笑った。
「この街では、人数というのは人間の数じゃない」
五人は黙って老人を見る。
「じゃあ、何ですか?」
老人は少し考えた。
「同じ記録に入っている人の数だよ」
澪の目が細くなった。
「……記録?」
「そう」
「では、昨日の私は?」
「昨日は、君だけ別の記録にいた」
澪は端末を見る。
【対象外:澪】
老人の言葉と一致していた。
「誰が記録しているんですか?」
老人は首を横に振る。
「それは知らない」
「知らない?」
「この街で生きている人間は、記録を作る側じゃない」
「じゃあ、誰が?」
「昔からあるものだよ」
老人はそれ以上説明しなかった。
林夏が聞く。
「じゃあ、その記録から外れたらどうなる?」
老人は林夏を見る。
「何も」
「何も?」
「ただ、誰かと一緒にいたことが、最初からなかったことになる」
ユウの表情が変わった。
「……それは怖いです」
老人は頷いた。
「だから、この街の人間はあまり気にしない」
「どうして?」
「気にしたところで、記録は変わらないから」
林夏が少し考えた。
「じゃあ、記録されなくてもいいんじゃないか?」
老人は笑った。
「そう思える人間は強いね」
「強い?」
「記録されなくても、自分がここにいたと知っている人間はね」
林夏は少し照れたように笑った。
「別に強くないですよ」
「そうかもしれない」
老人は店の奥へ戻っていった。
五人はその場に残った。
しばらくして。
ユウが口を開く。
「澪さん」
「うん」
「もし、澪さんが記録から消えたら」
「……」
「僕たちは覚えていられますか?」
澪は答えなかった。
林夏が言う。
「覚えてるだろ」
「でも、記録では四人になります」
「だから?」
「……」
「記録より、自分の記憶を信じればいい」
澪は林夏を見る。
「それも、いつか消えるかもしれない」
林夏は少し黙った。
そして。
「じゃあ、そのときはまた会えばいい」
「……」
「忘れたなら、また最初から話せばいい」
月白が小さく笑った。
「林夏らしいね」
「そうか?」
「うん」
紅葉も言った。
「面倒だけどな」
「ひどい」
ユウが笑う。
澪も。
ほんの少しだけ笑った。
その瞬間。
澪の端末が震えた。
全員が見る。
【認識対象:五名】
【共同因果:五名】
【差異:解消】
昨日まで四名だった記録が。
五名に戻っていた。
しかし。
その下に、新しい一文が表示されていた。
【記録理由:未定義】
澪はそれを見て、笑った。
「また未定義」
林夏が言う。
「便利な言葉だな」
「便利?」
「分からないことを全部そこに入れられる」
紅葉が頷く。
「確かに」
月白が空を見上げた。
「でも、前より少し違う気がする」
「何が?」
「前は、私たちが記録に合わせようとしていた」
「……」
「今は、記録のほうが私たちに追いつこうとしている」
誰も答えなかった。
その言葉だけが。
商店街の静かな空気に残った。
やがて、林夏が歩き出す。
「飯、食べに行こう」
紅葉が呆れる。
「またか」
「今日はまだ朝だからな」
「さっき食べたでしょう」
月白が笑う。
「林夏、食べすぎじゃない?」
「そうかな」
ユウが言う。
「でも、僕も少しお腹が空きました」
「ほら」
林夏が得意そうに言う。
「仲間がいる」
澪が二人を見る。
そして。
「じゃあ、私も行く」
紅葉が言う。
「仕方ない」
月白も続いた。
「私も」
五人は歩き出した。
誰かに指定されたわけでもない。
記録に書かれていたわけでもない。
ただ。
五人とも、自分で歩き出した。
その後ろで。
誰も見ていない端末に、新しい記録が残った。
【共同因果:五名】
【維持理由:本人選択】
そして最後に。
【記録:継続】
それだけだった。




