第三十五章 誰が同じ道を歩いたのか
翌朝。
万事修理店の前に、五人が集まっていた。
林夏は店のシャッターを半分だけ開けたまま、あくびをした。
「眠い」
紅葉が呆れた顔をする。
「昨日、何時まで起きていた?」
「覚えてない」
「……」
「たぶん、寝る前に何か食べた」
月白が笑った。
「それ、答えになってないよ」
「でも大事な情報だぞ」
ユウが小さく笑う。
澪だけは笑わず、端末を見ていた。
「まだ残ってる」
「何が?」
林夏が聞く。
澪は画面を見せた。
【共同因果:継続】
その下には。
【維持理由:未定義】
昨日から変わっていない。
紅葉が腕を組む。
「昨日は全員別々に行動した」
「うん」
「それでも共同因果が継続した」
「うん」
「なら、共同因果って何なんだ?」
澪は少し考えた。
「それが分からない」
林夏が首を傾げる。
「一緒にいることじゃないなら、何なんだろうな」
月白が店の中を見た。
「思い出?」
「思い出?」
「私たちが一緒に過ごした時間」
紅葉が否定する。
「それなら、もっと前から成立している」
ユウが言った。
「じゃあ、選択?」
澪が振り向く。
「どういう意味?」
「昨日、僕たちは別々に歩いたけど」
ユウは少し考えながら話した。
「みんな、自分で決めて動いた」
「……」
「その結果、またここに戻ってきた」
澪は端末を操作した。
しばらくして。
新しい記録が表示された。
【共同因果:選択結果の共有】
紅葉が眉をひそめる。
「共有?」
「まだ仮説」
澪は答えた。
「でも、可能性はある」
林夏が言った。
「つまり、同じことをする必要はない」
「そう」
「同じ場所にいる必要もない」
「そう」
「でも、自分で選んだ結果が、他の人の選択と繋がっている」
澪は頷いた。
「たぶん」
林夏は少し考えた。
「なんだか難しいな」
紅葉が言う。
「お前が言うと、全部難しく聞こえる」
「ひどいな」
月白が笑う。
「でも、分かりやすく言えば?」
林夏は店の奥を指差した。
「飯を食べる?」
「……」
「それで分かるかもしれない」
紅葉がため息をつく。
「結局それか」
「重要だぞ」
五人は店を出た。
朝の街は静かだった。
昨日までと変わらない。
けれど。
五人が交差点を渡った瞬間。
それぞれの端末が同時に光った。
【共同因果:観測開始】
林夏が立ち止まる。
「またか」
澪が画面を見る。
「違う」
「何が?」
「昨日までは、私たち五人を一つの集団として観測していた」
「今日は?」
澪は画面を見せた。
【観測対象:四名】
五人の視線が集まった。
ユウが驚く。
「四人?」
「誰が抜けた?」
紅葉が聞く。
澪は画面を確認する。
「……」
しばらく沈黙した。
そして。
「私」
林夏が眉を上げる。
「澪が?」
「記録上は」
月白が彼女を見る。
澪はそこにいる。
目の前にいる。
服も。
声も。
姿も。
何も変わっていない。
それなのに。
端末だけが、彼女を共同因果の外側に置いていた。
【共同因果:四名】
【対象外:澪】
ユウが恐る恐る聞く。
「でも、澪さんはここにいますよね?」
「いる」
「じゃあ、どうして?」
「分からない」
紅葉が澪の肩を叩く。
「お前、ちゃんと存在してるな」
「たぶん」
「たぶん?」
「記録上は」
林夏が笑う。
「記録と本人が違うなら、本人を信じればいいだろ」
澪は林夏を見る。
「簡単に言うね」
「だって、そこにいるし」
月白も頷いた。
「うん」
ユウも頷く。
「僕にも見えます」
紅葉が腕を組んだ。
「私にも見える」
澪は四人の顔を見る。
そして。
初めて少しだけ困ったような顔をした。
「……ありがとう」
その瞬間。
端末の表示が変わった。
【共同因果:四名】
【対象外:澪】
【認識:五名】
澪の目が止まる。
「……矛盾してる」
林夏が画面を見る。
「確かに」
「共同因果では四人」
「でも、認識は五人」
「そう」
月白が言った。
「じゃあ、誰が正しいの?」
澪は答えなかった。
そのとき。
向かいの店から、一人の老人が出てきた。
五人を見て。
少し驚いた顔をする。
そして。
「ああ」
老人は言った。
「今日は四人なんだね」
五人が同時に振り返った。
林夏が聞く。
「……誰が四人?」
老人は不思議そうな顔をした。
「君たちだよ」
「五人いますけど」
「そう?」
老人は数えた。
一人。
二人。
三人。
四人。
そして。
澪の前で止まった。
老人は澪を見ている。
確かに見ている。
しかし。
「……」
何も言わなかった。
澪が聞く。
「私が見えますか?」
老人は少し困ったように笑った。
「見えてるよ」
「じゃあ、なぜ数えないんですか?」
老人は首を傾げた。
「数える必要がないから」
その言葉に。
澪の表情が固まった。
林夏が聞く。
「どういう意味です?」
老人は少し考えてから答えた。
「この街ではね」
「はい」
「一緒に歩いている人と、一緒にいることになっている人は、別なんだよ」
誰も話さなかった。
老人は店の中へ戻ろうとする。
その背中に、月白が聞いた。
「それは、どういうことですか?」
老人は振り返らずに答えた。
「昔からそうだった」
「……」
「誰と歩いたかより」
老人は扉を開ける。
「誰と同じ道を歩いたことにされたかのほうが、大事なんだ」
扉が閉まった。
しばらく五人は動かなかった。
やがて。
澪が端末を見た。
表示が変わっている。
【共同因果:四名】
【認識対象:五名】
【記録対象:四名】
【実在確認:五名】
そして最後に。
【差異:発生】
ユウが小さく言った。
「これ……」
「うん」
澪が答える。
「システムは、私たちを五人として見ているわけじゃない」
紅葉が聞く。
「じゃあ、どう見ている?」
澪は画面を閉じた。
「まだ分からない」
林夏が言った。
「なら、調べればいい」
月白が彼を見る。
「どうやって?」
林夏は老人の店を見る。
「この街には、こういう人がいるんだろ?」
「……」
「だったら、聞けばいい」
紅葉笑った。
「相変わらず単純だな」
「単純なほうが楽だろ」
「そういうところは嫌いじゃない」
紅葉が言った。
月白が少しだけ紅葉を見る。
紅葉は気づかないふりをした。
ユウは二人を見て。
何も言わなかった。
澪だけが端末を見ていた。
新しい表示が浮かんでいる。
【共同因果:再定義開始】
澪はそれを見て、静かに呟いた。
「……今度は、私たち自身じゃない」
「何?」
林夏が聞く。
澪は画面を見せた。
【共同因果:構成条件を探索】
五人はその文字を見つめた。
誰が一緒にいるのか。
誰が同じ道を歩いたのか。
誰が仲間なのか。
それを決めるのは。
自分たちなのか。
それとも。
記録する側なのか。
林夏はしばらく黙っていた。
そして。
「まず、飯にしよう」
月白が吹き出した。
「また?」
「腹が減ってるからな」
紅葉も笑う。
「本当に変わらないな」
林夏は肩をすくめた。
「変わる必要がないことまで、変える必要ないだろ」
五人は歩き出した。
その瞬間。
澪の端末に、一行だけ表示された。
【観測対象:五名】
そして。
一秒後。
【共同因果:四名】
二つの記録は。
同時に存在していた。




