第二十九章 予測されるということ
階段を下りた先には、細い路地があった。
道というより、建物と建物の隙間に近い。
人が一人通れる程度の幅しかない。
ユウが先頭を歩き、その後ろを林夏、月白、紅葉、澪が続いていた。
「……本当に、こっちでいいの?」
月白が聞いた。
「分かりません」
ユウは振り返らずに答えた。
「でも、こっちに行きたかったので」
「それならいい」
林夏が笑う。
紅葉は少し後ろから二人を見ていた。
「お前たち、最近ずいぶん似てきたな」
「誰と誰が?」
林夏が振り返る。
「お前とユウだ」
「そうか?」
「行き先を決めないところが特に」
「それは褒めてるのか?」
「さあな」
紅葉はそれだけ言って、前を向いた。
澪は歩きながら端末を確認していた。
昨日までと同じように、ユウの命軌は空白に近い。
【未来:未確定】
【次回選択:未設定】
【終点:未設定】
そして、その下には新しい表示が残っている。
【観測状態:待機】
【予測対象:次の選択】
澪は眉を寄せた。
「……」
「何か分かった?」
月白が聞く。
「まだ何も」
「何も?」
「正確には、分かり始めていることがある」
澪は端末を閉じた。
「命運修正機構は、ユウの終点を失った」
「うん」
「だから次は、終点ではなく、その途中を予測しようとしている」
林夏が首を傾げる。
「途中?」
「次にどこへ行くか」
「それを予測して、どうするんだ?」
「分からない」
「じゃあ、今までと同じだな」
「……そうとも言える」
五人は路地を抜けた。
そこには、小さな商店街があった。
古い看板。
小さな八百屋。
クリーニング店。
パン屋。
そして、その一番端に、古い文房具店があった。
ユウが足を止める。
「ここ……」
「知ってるの?」
月白が聞いた。
「知らないです」
ユウは店を見つめた。
「でも、入りたい」
澪が端末を見る。
画面が変化した。
【次回選択:候補発生】
その下に三つの文字が並んだ。
【A:文房具店】
【B:商店街出口】
【C:喫茶店】
林夏が画面を覗き込む。
「また三つか」
紅葉が腕を組んだ。
「偶然とは思えないな」
「うん」
澪が頷く。
「システム側が、選択肢を提示している」
ユウは黙っていた。
三つの場所を見る。
文房具店。
商店街の出口。
少し離れたところにある喫茶店。
「……これを選ばないといけないんですか?」
林夏が答える。
「別に」
「でも、画面には三つあります」
「画面にあるだけだろ」
「じゃあ……」
ユウは考えた。
「四つ目に行ってもいい?」
「もちろん」
林夏は即答した。
紅葉がため息をつく。
「お前は本当に、人の選択を止めないな」
「止める理由がないからな」
「危険だったら?」
「そのときは一緒に考える」
「決めてやらないのか?」
「決めるのはユウだろ」
月白はその言葉を聞いて、少しだけ笑った。
ユウも笑った。
そして、三つの候補とは反対側へ歩き始めた。
「こっちに行きます」
端末が一瞬、強く光った。
【選択:未登録】
次の瞬間。
【予測失敗】
澪の足が止まった。
「……」
「どうした?」
林夏が振り返る。
澪は画面を見せた。
「予測に失敗した」
「へえ」
「今まで、こんな表示はなかった」
紅葉が画面を見る。
「つまり?」
「ユウが、提示された選択肢の外を選んだ」
林夏は少し考えた。
「普通じゃないか?」
「……」
「選択肢が三つしかないなら、四つ目を選ぶ人だっているだろ」
「そう」
澪は静かに答えた。
「でも、システムにとっては普通ではない」
五人はそのまま歩いた。
しばらくして、小さな公園に出た。
ベンチ。
古い自動販売機。
砂場。
誰もいない。
ユウがベンチに座った。
「少し休みませんか?」
「賛成」
林夏も座った。
月白が隣に座る。
紅葉は少し離れた場所に立ち、澪は端末を操作している。
林夏が自動販売機を見る。
「何か飲む?」
「はい」
「何がいい?」
ユウは自動販売機を見上げた。
コーヒー。
お茶。
水。
炭酸。
ジュース。
「……迷いますね」
「それが普通だ」
林夏が笑った。
ユウはしばらく悩んだ。
そのとき。
端末が再び光った。
【次回選択:予測開始】
三つの候補が表示される。
【水】
【お茶】
【ジュース】
ユウは画面を見た。
そして、自動販売機を見る。
「……」
「どうする?」
林夏が聞く。
ユウは少し笑った。
「今日は、これにします」
彼が押したのは、コーヒーだった。
端末の画面が暗くなった。
数秒後。
【予測失敗】
ユウは缶コーヒーを取り出した。
「……また外れた」
澪が呟く。
林夏は缶を受け取りながら笑った。
「じゃあ、次も外してやろう」
「林夏さん」
「ん?」
「これ、結構楽しいですね」
「だろ?」
月白が二人を見て、微笑んだ。
紅葉は呆れたように言った。
「運命のシステムを相手にしているのに、自動販売機で遊んでいるようにしか見えない」
「人生なんてそんなもんだろ」
林夏は缶のプルタブを開けた。
「大事なことだけで人生を作ると、疲れるからな」
月白が静かに聞く。
「じゃあ、どうでもいいことも大事?」
「そういうこと」
林夏はコーヒーを一口飲んだ。
「今日何を飲むかとか、どこを歩くかとか。そういうどうでもいいことを自分で決められるなら、それだけで結構違うと思う」
ユウは黙って缶を見つめた。
そして、自分の端末を開いた。
【次回選択:未設定】
その下に、新しい文字が浮かんでいた。
【予測:継続】
ユウはそれを見て、少し考えた。
「……これって」
「何?」
月白が聞く。
「俺が何をするか、ずっと見てるってことですよね」
「たぶん」
「じゃあ……」
ユウは画面を閉じた。
「見せないようにする必要もないんじゃないですか?」
澪が顔を上げる。
「どういう意味?」
「俺が何をするかは、俺にも分からない」
ユウは笑った。
「だから、見ててもいいです」
少し間を置いて。
「でも、決めるのは俺です」
誰も何も言わなかった。
遠くで車の音がした。
公園の時計が午後を告げる。
その瞬間。
澪の端末に、ひとつの記録が追加された。
【観測対象:ユウ】
【予測:継続】
【予測結果:不定】
そして、その下に。
今まで存在しなかった項目が現れた。
【予測不能性:上昇】
澪は画面を見つめた。
「……変わってる」
紅葉が聞く。
「何が?」
「ユウの命軌じゃない」
澪は顔を上げた。
「システムのほうが変わり始めている」
林夏は少しだけ笑った。
「それなら、しばらく見てみよう」
月白が彼を見る。
「何を?」
林夏は空になった缶を持ち上げた。
「運命が、人間をどこまで予測できるのか」
そして。
五人はまた歩き始めた。
今度も、行き先は決めなかった。
ただ一つだけ。
誰にも記録されていない道を。
自分たちの足で選んだ。




