第二十四章 知ってしまった未来
ユウは、端末の画面を見つめていた。
【二十七歳】
【命軌終了】
それだけだった。
理由は書かれていない。
場所もない。
誰と一緒にいるのかも分からない。
ただ、二十七歳という数字だけが、静かに表示されている。
「……二十七」
ユウがもう一度呟いた。
林夏は隣に座っている。
何も言わない。
「あと何年?」
ユウが聞いた。
澪が答える。
「六年と少しです」
「そっか」
ユウは笑った。
「長いのか、短いのか分からないな」
紅葉が言う。
「気にしないほうがいい」
ユウは彼女を見る。
「どうして?」
「知ったところで、今すぐ変えられるものじゃないから」
「でも、死ぬんですよね」
「命軌上では」
澪が訂正する。
「確定ではありません」
ユウは少し驚いた。
「違うの?」
「命軌は未来を記録しています。しかし、それが必ず現実になるとは限りません」
「じゃあ、どうしてみんな命軌を信じてるの?」
澪は答えなかった。
月白が静かに言った。
「信じているというより、そういうものだと思っているのかもしれない」
ユウは月白を見る。
「月白さんも?」
「……昔は」
「今は?」
月白は少し考えた。
「分からない」
林夏が口を挟んだ。
「分からないなら、それでいいじゃん」
「簡単に言うね」
月白が笑う。
「簡単だから」
林夏は空を見た。
「未来なんて、まだ来てないんだから」
ユウは黙った。
その言葉を、何度も頭の中で繰り返した。
未来なんて、まだ来ていない。
二十七歳。
それも、まだ来ていない。
なら。
今は十六歳だ。
少なくとも、今日は死んでいない。
「……俺」
ユウが言った。
「今日、何を食べようかな」
林夏が笑った。
「それがいい」
紅葉が呆れる。
「本当に食べ物ばかりね」
「未来を考えすぎるより、今日の飯を考えるほうが簡単だろ」
「それはそうだけど……」
月白は小さく笑った。
澪も端末を閉じた。
「では、食事にしますか?」
紅葉が三人を見る。
「……あなたたち、本当にそれでいいの?」
誰も答えなかった。
しかし、林夏だけが立ち上がった。
「行こう」
⸻
五人は公園を出た。
ユウは少し後ろを歩いていた。
さっきまでと同じ街。
同じ道路。
同じ店。
同じ人々。
けれど。
見え方だけが変わっていた。
昨日までは何も知らなかった。
今日は、自分の人生に終点があることを知っている。
それだけで、街の景色が少し違って見えた。
「……」
ユウは足を止める。
道の向こうに、父親と小さな子供がいた。
父親が子供の手を引いている。
子供は何かを指差している。
二人とも笑っている。
ユウはしばらく見ていた。
「どうした?」
林夏が振り返る。
「……何でもないです」
ユウは追いついた。
しばらく歩いてから。
「林夏さん」
「ん?」
「もし、自分が二十七歳で死ぬって知ったら」
「うん」
「何をしますか?」
林夏は少し考えた。
「今までと同じかな」
「怖くない?」
「怖いよ」
「じゃあ、どうして?」
「怖いからって、今日を捨てる理由にはならないだろ」
ユウは黙った。
林夏は続ける。
「それに、俺が二十七歳まで生きられるかどうかなんて、誰にも分からない」
「え?」
「明日事故に遭うかもしれないし、百歳まで生きるかもしれない」
「でも、命軌は……」
「命軌がそう書いてある」
林夏は肩をすくめた。
「それだけだろ」
ユウは思わず笑った。
「……雑ですね」
「よく言われる」
「でも」
ユウは少し考える。
「なんとなく、分かる気がします」
林夏は何も言わなかった。
⸻
昼過ぎ。
五人は小さな商店に入った。
ユウは棚の商品を眺めていた。
「何を買う?」
月白が聞く。
「分かりません」
「じゃあ、好きなものを選べばいいよ」
ユウは手を伸ばした。
そして、菓子を一つ取る。
「これ」
林夏が見る。
「それ、辛いやつじゃない?」
「好きなんです」
「意外」
「そうですか?」
「もっと甘いものが好きそう」
「どういうイメージですか」
「なんとなく」
紅葉が横から言った。
「人を見た目で決めるのはやめなさい」
「はい」
「素直ね」
「怒られたくないから」
ユウが笑う。
五人は店を出た。
そのとき。
ユウが突然立ち止まった。
「……あれ?」
「どうした?」
「命軌が」
澪がすぐに端末を見る。
「変化しています」
「え?」
画面を見る。
昨日まで、
【二十七歳】
だった。
しかし今は。
【二十七歳】
【変動可能性:発生】
となっている。
月白が画面を見つめる。
「変わった……」
紅葉も驚いている。
「何をしたの?」
澪は答えた。
「分かりません」
林夏がユウを見る。
「何かした?」
「してません」
「じゃあ、何で?」
澪が画面を操作する。
新しい記録が表示された。
【本人選択:確認】
【共同因果:発生】
【命軌変動:微小】
ユウは呆然としていた。
「俺……何もしてないですよ」
林夏が言う。
「しただろ」
「え?」
「自分で選んだ」
「……お菓子?」
「うん」
ユウは手に持った袋を見る。
「これで?」
「たぶん」
紅葉が眉を寄せる。
「そんな小さな選択で命軌が変わるの?」
澪が答える。
「小さいかどうかは、命軌には関係ないのかもしれません」
月白が静かに言った。
「選んだこと自体が重要なのかも」
誰も話さなかった。
ユウは自分の手を見る。
さっきまでただの菓子だった。
今は違う。
自分が選んだもの。
それだけだった。
「……これ、食べていいですか?」
林夏が笑った。
「もちろん」
ユウは袋を開けた。
一口食べる。
「辛い」
「だから言っただろ」
「でも、美味しいです」
「じゃあ、正解だな」
「正解?」
「自分で選んで、美味しかったなら」
林夏は笑った。
「それで十分だろ」
⸻
その夜。
五人は宿に戻った。
ユウは一人で窓の外を見ていた。
街の明かりが続いている。
端末を見る。
【二十七歳】
【変動可能性:発生】
ユウは画面を閉じた。
そして、窓を開ける。
冷たい風が入ってくる。
「……まだ六年ある」
誰に言うでもなく呟く。
「じゃあ、六年で何をしよう」
その瞬間。
背後から声がした。
「もう決めた?」
月白だった。
「……まだです」
「そう」
月白は隣に立った。
二人はしばらく街を見ていた。
「月白さんは?」
「何が?」
「自分の未来」
月白は答えなかった。
やがて、
「私も、まだ決めてない」
「そうなんですか?」
「うん」
ユウは少し笑った。
「じゃあ、同じですね」
月白も笑う。
「そうかもしれないね」
少し離れたところで、林夏が二人を見ていた。
紅葉も気づいている。
「行かないの?」
「何が?」
「話に入らないの?」
林夏は首を振る。
「二人で話してるなら、邪魔しない」
紅葉は少し意外そうな顔をした。
「あなたでも、そういうことを考えるのね」
「俺だって考えるよ」
「そう」
「でも」
林夏は笑った。
「人生の話は、本人同士で決めたほうがいい」
紅葉は何も言わなかった。
ただ、その言葉を聞いていた。
⸻
同じ頃。
街の地下。
記録室。
一人の監視者が、ユウの命軌記録を見ていた。
【命軌終了:二十七歳】
【変動可能性:発生】
【原因:本人選択】
監視者は眉を寄せる。
「……本人選択だけで変動した?」
隣の人物が答える。
「はい」
「共同因果による影響では?」
「違います」
「では、林夏が原因ではない?」
「少なくとも、直接的な因果は確認されていません」
監視者はしばらく黙っていた。
そして、別の記録を開く。
【月白】
【命軌:異常】
【紅葉】
【命軌:変動】
【澪】
【命軌:欠損】
最後に。
【林夏】
【命軌:未定義】
監視者は五つの記録を並べた。
「異常な四人と、正常な一人」
そう呟く。
「それなのに、最初に変わったのは正常なほうか」
画面に新しい文字が浮かぶ。
【観測方針変更】
【異常因子の観測】
から、
【選択者の観測】
へ。
監視者は画面を閉じた。
「……これからが、本当の観測だ」
その頃。
宿の窓辺で。
ユウは眠る前に、もう一度だけ端末を開いた。
二十七歳。
その数字は、まだ消えていない。
けれど。
その下には、新しい一文が増えていた。
【未来:未確定】
ユウはそれを見て。
初めて、少しだけ安心した。




