↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/350

第二十三章 近づく理由

翌朝。


林夏は、いつもより早く目を覚ました。


理由はない。


ただ、なんとなく目が覚めた。


窓の外を見る。


昨日と同じ街。


同じ建物。


同じ道路。


同じ人の流れ。


「……普通だな」


ベッドから起き上がる。


月白はまだ寝ている。


紅葉も寝ている。


澪は――


「……起きてる?」


「はい」


部屋の隅から返事があった。


林夏が振り返る。


澪は椅子に座って、端末を見ていた。


「何してるの?」


「記録しています」


「何を?」


「この街の変化」


「何か変わった?」


「少しだけ」


澪は画面を見せた。


そこには、昨日まで存在しなかった項目があった。


【観測対象:五】


【共同因果:継続】


【干渉:なし】


そして、その下に。


【選択可能性:上昇】


林夏は首を傾げた。


「これ、いいこと?」


「分かりません」


「だよな」


林夏は笑った。


そのとき。


月白が目を覚ました。


「……朝?」


「おはよう」


「おはよう」


月白は眠そうに起き上がった。


紅葉も少し遅れて目を開ける。


「……朝からうるさい」


「朝だから」


「意味が分からない」


「朝は起きる時間だろ」


「あなたは黙って」


四人はいつものように言い合った。


その様子を、窓の外から見ている人間がいた。


少年だった。


建物の影に隠れている。


昨日の少年。


彼は四人を見ていた。


特に林夏を。


昨日、林夏は言った。


――本人が来るまで待つ。


その言葉が、頭から離れなかった。


少年は一歩前に出る。


しかし、すぐに戻る。


「……無理だ」


また一歩。


「……やっぱり無理」


三歩。


「……怖い」


そこで止まった。


自分でも笑ってしまう。


「何やってるんだ、俺」


少年は空を見上げた。


そして、ゆっくり歩き始めた。


今度は逃げなかった。


⸻


「今日はどうする?」


月白が聞いた。


林夏は考える。


「まず飯」


「また?」


「朝飯は重要だよ」


紅葉がため息をつく。


「あなた、本当に食べることばかりね」


「食べないと死ぬ」


「極端」


「大事なことだよ」


澪が頷いた。


「合理的です」


紅葉が澪を見る。


「あなたまで……」


四人は街へ出た。


昨日と同じ通り。


昨日と同じ人々。


しかし。


今日は一人だけ違っていた。


林夏が足を止める。


「……あ」


道の向こう。


少年が立っている。


少年も四人を見ている。


逃げない。


林夏は何も言わなかった。


近づかなかった。


ただ、その場に立った。


少年は少しずつ歩いてくる。


一歩。


また一歩。


そして、四人から数メートル離れた場所で止まった。


「……こんにちは」


小さな声だった。


林夏が笑う。


「こんにちは」


月白も軽く頭を下げる。


「こんにちは」


紅葉は黙っている。


澪は少年を見ていた。


少年は少し緊張した様子で言った。


「昨日……」


「うん」


「見えました」


林夏は頷く。


「そうみたいだな」


「あなたたちが」


「うん」


「俺だけ?」


「たぶん」


少年は俯いた。


「……怖かった」


「そうだよな」


「追ってこなかった」


「追う理由がなかったから」


「どうして?」


林夏は少し考えた。


「逃げたい人を追いかけるの、好きじゃないから」


少年は顔を上げた。


林夏は続ける。


「それに、会いたいなら自分で来ればいい」


「……」


少年は黙った。


そして、小さく笑った。


「来ました」


「うん」


「俺、ユウっていいます」


林夏は頷いた。


「俺は林夏」


「月白です」


「紅葉」


「澪です」


四人が順番に名乗る。


ユウは少し驚いた顔をした。


「……名前、教えてくれるんですね」


「聞かれたから」


「普通は、知らない人に教えないんじゃないですか?」


紅葉が言った。


「じゃあ、私は言わなくてもよかった?」


「……いえ」


ユウは苦笑した。


「ありがとうございます」


林夏が聞く。


「それで、ユウは何をしたい?」


「……分かりません」


「そっか」


「でも」


ユウは四人を見る。


「少しだけ、一緒に歩いてもいいですか?」


林夏はすぐに答えなかった。


月白を見る。


紅葉を見る。


澪を見る。


三人も何も言わない。


林夏はユウに聞いた。


「自分で決めた?」


「はい」


「じゃあ、いいよ」


ユウの顔が少し明るくなった。


「ありがとうございます」


五人が歩き始める。


その瞬間。


澪の端末が鳴った。


ピッ。


全員が止まる。


画面には、


【新規選択:同行】


と表示されていた。


その下には、


【対象:ユウ】


【命軌:正常】


【選択理由:本人希望】


そして最後に。


【共同因果:五人】


林夏は画面を覗き込む。


「五人になった」


紅葉が言う。


「そうね」


月白が少し笑う。


「増えちゃったね」


「何人まで増えるんだろう」


林夏が言う。


紅葉が睨む。


「これ以上増やす気?」


「いや、別に」


「あなたが言うと不安になるのよ」


ユウが初めて笑った。


「……面白い人ですね」


「よく言われる」


「褒めてないと思います」


「それもよく言われる」


五人は歩いた。


しかし。


その街のどこかでは。


新しい記録が始まっていた。


【正常命軌保持者】


【異常因子との接触】


【選択:同行】


【命軌変動:なし】


記録を見ていた人物が眉を寄せる。


「変わらない?」


隣にいた別の人物が答える。


「はい」


「異常因子と接触したのに?」


「はい」


「命軌は正常のまま?」


「はい」


沈黙。


やがて、その人物は記録を閉じた。


「……それなら問題は、異常因子ではない」


「では?」


「選択そのものだ」


その言葉と同時に。


別の画面が開く。


そこには、五人の名前。


そして、その下に一つの新しい項目があった。


【選択による命軌変動:観測開始】


⸻


昼。


五人は小さな公園にいた。


林夏はベンチに座り、パンを食べている。


ユウは隣に座っている。


「これ、食べる?」


林夏がパンを差し出す。


「いいんですか?」


「一個余った」


ユウは受け取った。


「ありがとうございます」


月白は少し離れた場所で二人を見ていた。


紅葉は木陰に立っている。


澪は端末を操作している。


「林夏」


月白が呼ぶ。


「何?」


「ユウくんの命軌、どうなってる?」


澪が答える。


「正常です」


「ずっと?」


「はい」


林夏はパンを食べながら言った。


「じゃあ、いいじゃん」


「何が?」


「正常なら」


月白は少し考える。


「でも、この街では正常なことが、必ずしも普通とは限らない」


林夏は笑った。


「それなら、それも本人が決めればいい」


ユウはパンを食べながら聞いていた。


そして、ふと口を開く。


「俺、自分の命軌を見てみたい」


澪が顔を上げる。


「見られます」


「本当?」


「ただし」


「ただし?」


「見るということは、知るということです」


ユウは黙った。


林夏は何も言わない。


月白も。


紅葉も。


誰も答えを教えなかった。


しばらくして。


ユウは言った。


「……見たい」


澪は端末を操作した。


画面に一つの線が表示される。


まっすぐ。


途切れることなく。


異常もない。


分岐もない。


そして、その先には。


一つの未来だけが表示されていた。


【二十七歳】


【命軌終了】


ユウは画面を見つめた。


誰も話さない。


風が吹いた。


木の葉が揺れる。


ユウはしばらく黙っていた。


そして。


「……俺、二十七歳で死ぬんだ」


林夏は答えなかった。


ユウも泣かなかった。


ただ、画面を見つめている。


やがて。


林夏が静かに言った。


「どうする?」


ユウは顔を上げた。


その質問には。


答えがなかった。


誰も答えを用意していなかった。


だからこそ。


ユウは初めて、自分自身で考え始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。