↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/350

第二十二章 見える人

少年は、走っていた。


何度も後ろを振り返る。


誰も追ってこない。


それでも、足は止まらなかった。


角を曲がる。


細い路地に入る。


さらに曲がる。


ようやく立ち止まったとき、少年は壁に背中をつけた。


「……見えた」


息を切らしながら、そう呟く。


「本当に、見えた……」


この街では、見えないものがある。


それを知っている人間は少ない。


けれど、少年は知っていた。


だからこそ、怖かった。


普通の人間には見えない。


普通の人間には聞こえない。


そして、普通の人間には関係のないもの。


それが、街の中には確かに存在している。


少年はポケットから小さな端末を取り出した。


画面には、街の地図が表示されている。


その地図には、四つの点が表示されていた。


赤。


白。


黒。


そして、灰色。


「……四人」


少年は画面を見つめる。


しかし、少しすると表示が変わった。


五つ目の点が現れた。


黄色。


少年の顔から血の気が引いた。


「俺……?」


端末に文字が表示される。


【新規認識対象】


【命軌:正常】


【観測対象との接触:未成立】


少年は慌てて画面を閉じた。


「違う」


首を横に振る。


「俺は、普通だ」


何度も自分に言い聞かせる。


「俺は普通だ」


その頃。


青空食堂では。


林夏が最後のスープを飲んでいた。


「ごちそうさま」


月白が箸を置く。


「美味しかったね」


「うん」


紅葉は店内を見回している。


「まだ気になる?」


林夏が聞いた。


「当然でしょう」


「何が?」


「さっきの少年よ」


「逃げた子?」


「私たちを見た」


「そうだな」


「この街の人間は、私たちを見えないはずでしょう」


「全部じゃない」


澪が言った。


「さっきの店員も見えていました」


紅葉は澪を見る。


「そうだった」


「では、二種類の人間がいることになります」


「見える人と、見えない人」


月白が言う。


「そして、見える人には共通点があるかもしれない」


林夏は椅子から立ち上がった。


「じゃあ、聞いてみよう」


「誰に?」


「店員さん」


「直接聞くの?」


「うん」


紅葉が止める。


「待って」


「何?」


「聞き方を考えて」


「分かった」


林夏は少し考えた。


そして店員のところへ行く。


「すみません」


「はい?」


「俺たちのこと、見えますか?」


店員の動きが止まった。


ほんの一瞬。


本当に一瞬だけだった。


「……はい」


「なんで?」


店員は笑った。


「さあ」


「知らない?」


「知りません」


「いつから見える?」


「最初からです」


林夏は首を傾げた。


「俺たち、ここに来るまでに誰にも見られてなかったんだけど」


店員は少し考えた。


「この店に入ったからでしょうね」


「店に?」


「ええ」


「この店に入ると、俺たちが見える?」


「そういうことだと思います」


「なんで?」


「分かりません」


また、その言葉だった。


林夏は少し笑った。


「この街の人、分からないこと多いな」


店員も笑った。


「そうかもしれませんね」


紅葉が口を挟む。


「あなたは、この街の人間?」


「はい」


「生まれも?」


「そうです」


「この街の外に出たことは?」


店員は少し黙った。


「……ありません」


その答えを聞いた瞬間。


澪が立ち上がった。


「嘘です」


店員が彼女を見る。


「どうして?」


「あなたの靴」


澪は店員の足元を見る。


「この街では使われていない土が付いています」


店員は何も言わない。


月白も気づいた。


靴の裏に、黒い土が少し残っている。


この街の道路は乾いた灰色だった。


「どこから来たの?」


月白が聞く。


店員はしばらく黙っていた。


そして、


「……第零街区です」


四人が同時に顔を上げた。


「第零街区?」


紅葉が聞き返す。


「はい」


「じゃあ、どうしてここに?」


店員は笑った。


「忘れました」


「また?」


林夏が苦笑する。


「この街、忘れるのも流行ってるのか?」


店員は答えなかった。


代わりに、カウンターの下から一枚の紙を取り出した。


古い紙だった。


そこには、一つの文章だけが書かれていた。


『見える者は、見えることを選んだ者』


月白が読む。


「選んだ……?」


「どういう意味?」


紅葉が聞く。


店員は紙を林夏に渡した。


「私は、昔ここへ来ました」


「一人で?」


「はい」


「どうして?」


「帰る場所がなかったからです」


林夏は紙を見る。


「ここが帰る場所になった?」


「……そうですね」


店員は少し笑った。


「でも、ここにいるためには、一つだけ必要だったんです」


「何?」


「自分がここにいると決めること」


林夏は黙った。


月白も。


紅葉も。


澪も。


誰もすぐには答えなかった。


店員は続ける。


「この街では、誰かに決められた人間は見えません」


「どういうこと?」


「自分で選んでいないからです」


澪が静かに言った。


「だから、存在していても認識できない」


「たぶん」


店員は頷いた。


「この街は、そういう場所です」


林夏は窓の外を見る。


通りを人が歩いている。


みんな普通に見える。


普通に笑っている。


普通に生活している。


でも。


その中に、どれだけ自分で選んだ人間がいるのだろう。


「じゃあ、あの少年は?」


月白が聞いた。


店員は首を振った。


「分かりません」


「でも、見えた」


「ええ」


「なら、あの子も選んだ?」


「それも分かりません」


林夏は笑った。


「結局、分からないんだな」


店員も笑う。


「そうですね」


「まあ、いいか」


林夏は紙を返した。


「本人に聞けばいい」


紅葉が呆れる。


「そんな簡単に会える?」


「会えないなら、探す」


「探す理由は?」


林夏は少し考えた。


「俺たちを見たから」


「それだけ?」


「それだけで十分だろ」


月白が小さく笑った。


「林夏らしいね」


「そう?」


「うん」


紅葉はため息をついた。


「本当に、あなたは……」


「何?」


「何でもない」


四人は店を出た。


外は相変わらず普通の街だった。


林夏は歩きながら、さっきの少年を探した。


しかし、どこにもいない。


「いないね」


月白が言う。


「うん」


「どうする?」


「飯でも食う?」


「さっき食べたでしょう」


「じゃあ、探す」


「切り替えが早すぎる」


紅葉が呟く。


澪は黙って歩いていた。


突然、足を止める。


「待ってください」


三人が振り返る。


澪は道路の反対側を見ていた。


そこには、何の変哲もない公衆電話があった。


「何?」


「誰かが使っています」


「誰?」


澪は答えなかった。


受話器の向こうから、微かに声が聞こえる。


「……四人は、まだ一緒?」


少年の声だった。


林夏が一歩近づく。


「そこにいるのか?」


返事はない。


澪が電話を見つめる。


「通話相手は、存在しません」


「どういう意味?」


「回線が繋がっていない」


「じゃあ、誰と話してる?」


その瞬間。


電話の向こうから、別の声が聞こえた。


低い声。


落ち着いた声。


「五人目を探すな」


林夏の表情が変わった。


月白が息を止める。


紅葉は腰の武器に手を伸ばした。


澪だけが静かに電話を見ていた。


「どうして?」


林夏が聞く。


声は少しだけ間を置いた。


「五人目は、まだ自分が何を選んだのか知らない」


「だから?」


「お前たちが近づけば、その選択は変わる」


林夏は黙った。


そして、ゆっくりと言った。


「それなら」


受話器に向かって。


「俺たちは、近づかない」


月白が林夏を見る。


林夏は続けた。


「本人が来るまで待つ」


電話の向こうが静かになる。


「……本当に?」


「うん」


「なぜ?」


林夏は少し笑った。


「だって、その人の人生だろ」


電話が切れた。


誰も何も言わなかった。


やがて紅葉が口を開く。


「……珍しいわね」


「何が?」


「今回は追わなかった」


「追う必要がないから」


林夏は空を見上げた。


「自分で来るかどうかも、その人が決めることだ」


月白は何も言わなかった。


ただ、少しだけ笑った。


その頃。


街のどこかで。


少年は一人、古い建物の屋上に立っていた。


手には、閉じた端末。


その画面には、新しい文字が表示されている。


【対象:林夏】


【行動:接触しない】


【干渉:なし】


【選択:保留】


少年はその文字を見つめた。


そして、小さく笑った。


「……俺も、選べるのかな」


その瞬間。


端末の画面が一度だけ点滅した。


【回答:不明】


少年は空を見上げた。


「それでいい」


風が吹く。


街は今日も普通だった。


誰も知らない。


その普通の街の中で。


五人目の人生が、初めて自分自身の手に戻ろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。