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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第151章 卵焼きの約束

翌朝。


林夏はいつもより少し早く目を覚ました。


理由は一つだった。


卵焼き。


昨日、月白と約束した。


布団の中で少し考える。


「……卵、何個使うかな」


自分でも少し笑った。


万事修理店へ向かう。


店に着くと、月白がすでに入口に立っていた。


「おはようございます」


「おはよう」


「今日は早いですね」


「月白もな」


「昨日、楽しみだと言ったので」


「覚えてるよ」


二人で店に入る。


机の上には卵と調味料が並んでいた。


月白が少し驚く。


「本当に作るんですね」


「約束したから」


「では、私も手伝います」


「卵、割れる?」


「できます」


月白が卵を一つ割る。


殻が少し入った。


二人で卵を見る。


「……」


「……」


「取ればいいですよね」


「うん」


月白は箸で殻を取った。


「完璧です」


「最初からそう言ってくれればいいのに」


林夏は笑った。


卵を混ぜる。


フライパンを温める。


月白は隣で見ている。


「甘くしますか?」


「昨日、甘いって言ってたじゃん」


「嫌いとは言っていません」


「じゃあ、今日も甘め」


「はい」


卵を流す。


巻く。


また流す。


最後の一回で少し崩れた。


林夏が無言になる。


月白が横から覗き込む。


「……少し形が違いますね」


「味は同じ」


「そうですね」


「料理は見た目じゃない」


「さっきまで綺麗に作ろうとしていましたよね」


「聞かなかったことにして」


月白は笑った。


卵焼きを切り分ける。


二人で朝食を食べる。


卵焼き。


味噌汁。


ご飯。


特別な料理ではない。


けれど、月白は一口食べてから、少しだけ嬉しそうにした。


「美味しいです」


「本当?」


「はい」


「昨日より?」


月白は考える。


「昨日は昨日で美味しかったです」


「逃げたな」


「比較する必要がありますか?」


「ないか」


二人で笑った。


朝食が終わる。


月白が食器を片付ける。


林夏が洗う。


「私が洗います」


「今日は俺がやる」


「どうしてですか?」


「約束したから」


「卵焼きを作る約束と、食器を洗う約束は別ですよ」


「じゃあ、今決めた」


「それなら分かりました」


月白は笑いながら椅子に座った。


店の中には、朝の静かな時間が流れていた。


しばらくして。


月白が棚の上を見る。


真鍮の鍵が置かれている。


「今日は持っていきますか?」


林夏が聞く。


月白は少し考えた。


鍵を手に取る。


掌の上で眺める。


昨日は持っていった。


一昨日は置いていった。


今日は。


「……置いておきます」


「また?」


「はい」


「理由は?」


月白は少し考える。


「今日は、ここにあるほうが自然な気がするので」


「分かった」


鍵は元の場所に戻された。


午前中。


客が一人やって来た。


古い時計だった。


「これ、動かなくなってしまって」


林夏が時計を受け取る。


裏側を確認する。


「少し時間がかかります」


「お願いします」


客が帰る。


林夏は修理を始めた。


月白はその隣で本を読んでいる。


時計の小さな部品が机の上に並べられていく。


月白はそれを見ながら言った。


「細かいですね」


「うん」


「一つなくしたら動かなくなる?」


「場合による」


「人も似ていますね」


林夏が顔を上げる。


「また難しい話?」


「少しだけです」


「じゃあ、聞く」


月白は時計を見る。


「何か一つがなくなったからといって、全部が壊れるとは限らないのかなと思って」


林夏はしばらく考えた。


「そうかもしれない」


「林夏なら、どうしますか?」


「なくなったものを探す」


「見つからなかったら?」


「代わりになるものを探す」


「それでも無理なら?」


林夏は笑った。


「その時は、別の時計を使う」


月白は笑った。


「現実的ですね」


「修理屋だから」


「そうですね」


昼。


二人は朝の残りのご飯で簡単な炒飯を作った。


月白が卵焼きの残りを小さく切って入れる。


「それ、入れるんですか?」


「もったいないので」


「なるほど」


完成した炒飯を食べる。


「美味しい」


林夏が言う。


月白は少し得意そうにした。


「今日は私も作りました」


「じゃあ、共同制作」


「はい」


午後。


時計の修理が終わった。


林夏が最後に針を合わせる。


秒針が動き出す。


カチ。


カチ。


カチ。


「直りました」


夕方、客が戻ってくる。


時計を受け取る。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


客は店を出る前に、時計を一度だけ確認した。


「また動いてくれてよかったです」


「使ってあげてください」


客は笑って帰っていった。


店の中が静かになる。


月白は時計が置かれていた場所を見る。


「また一つ、元に戻りましたね」


林夏は首を横に振る。


「元には戻ってないよ」


「え?」


「壊れる前と、直った後では違うから」


月白は少し考える。


「では、戻ったのではなく」


「続いた」


「……続いた」


月白はその言葉を繰り返した。


夕方。


月白は帰る準備をする。


店を出る前に、棚の上の鍵を見る。


今日は持っていかなかった。


「また明日」


林夏が言う。


「はい」


月白は少し歩いてから振り返った。


「明日も卵焼きですか?」


「毎日は無理」


「残念です」


「でも、たまには作る」


「約束ですか?」


林夏は少し考える。


「約束にする?」


月白は笑った。


「今日は、しなくていいです」


「どうして?」


「食べたい時に、また作ってもらえばいいので」


林夏は笑った。


「それもそうだな」


月白は駅へ向かった。


今日は一人で歩く。


けれど、昨日より少しだけ足取りが軽かった。


夜。


月白はノートを開く。


――今日は卵焼きを食べた。


――少し形が崩れていた。


――でも、美味しかった。


少し考えてから。


――約束したから作ってくれた。


――約束がなくても、また作ってくれるかもしれない。


そこでペンを止める。


少し迷って。


――そう思えることが、嬉しい。


最後に一行。


――明日も会いたい。


端末が光る。


【今日の接触:成立】


【約束:履行】


【関係:継続】


【固定:なし】


【次回接触:予定】


【未来:未確定】


月白は画面を閉じた。


机の上には、青いガラス瓶。


その中には、まだいくつかの飴が残っている。


真鍮の鍵は、今日も万事修理店に置いたまま。


どちらも急いで答えを求めてはいない。


明日、持っていくかもしれない。


明日、卵焼きを食べるかもしれない。


何もしないかもしれない。


それでも。


明日は、また来る。


そしてその時。


何をするかは、その日の二人が決めればいい。

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