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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第152章 何もしない午後

午前中の仕事が一段落すると、店の中は静かになった。


林夏は工具を片付ける。


月白は読んでいた本を閉じた。


「今日は、静かですね」


「うん」


「何かしたほうがいいでしょうか?」


林夏は少し考えた。


「別に」


「別に?」


「今日は何もしなくてもいいんじゃない?」


月白は少し驚いた。


「何もしない?」


「うん」


「仕事は?」


「もう少し休んでもいい」


月白は店の中を見回した。


修理するものもない。


客も来ない。


時計の針だけが、静かに動いている。


「では……何もしません」


二人はそれぞれ椅子に座った。


月白は本を開く。


林夏は机に肘をつく。


しばらくして。


林夏が眠った。


月白は本から顔を上げる。


「……寝てる」


起こす必要はない。


そのまま本を読む。


窓から入る風で、カーテンが揺れる。


店の外を自転車が通る。


遠くで子供の声がする。


特別なことは何も起きない。


それでも。


月白は、この時間が嫌いではなかった。


一時間ほどして、林夏が目を覚ました。


「……寝てた?」


「はい」


「何分?」


「一時間くらいです」


「そんなに?」


「気持ちよさそうでした」


「起こしてくれてもよかったのに」


「起こす理由がありませんでした」


林夏は少し笑った。


「確かに」


昼になる。


二人で簡単な昼食を作る。


昨日の卵焼きが少し残っていた。


月白はそれを見て笑った。


「今日も卵焼きですね」


「昨日の約束の続き」


「約束って、こういうことですか?」


「たぶん」


二人で食べる。


昨日より少し味が違う。


「今日のほうが甘いです」


「失敗した」


「でも、美味しいです」


「じゃあいいか」


食事が終わる。


月白は食器を洗う。


林夏は机を拭く。


それだけ。


午後。


一人の客が来た。


古い置き時計を持っている。


「これ、動かなくなってしまって」


林夏は時計を確認する。


「少し時間をください」


客が帰る。


修理を始める。


月白は隣で見ている。


「昨日の万年筆もそうでしたけど」


「うん」


「直したからといって、必ず使うとは限らないんですね」


「そうだな」


「でも、使えるようにしておく」


「選べるようにするためじゃない?」


月白は時計を見る。


「選べるようにする」


その言葉を小さく繰り返した。


しばらくして。


時計が動き始める。


林夏は満足そうに頷いた。


「直った」


客が戻ってくる。


時計を受け取る。


「ありがとうございます」


何度も頭を下げて帰っていった。


店が再び静かになる。


月白は棚の上を見る。


真鍮の鍵が置かれている。


「今日は、鍵を使いませんでしたね」


「うん」


「でも、そこにあります」


「うん」


「何もしなくても、存在しているんですね」


林夏は少し考えた。


「鍵だからな」


「そうですね」


月白は笑った。


夕方。


月白は帰る準備をする。


「今日は、何もしませんでした」


「結構しただろ」


「そうでしょうか」


「飯を食った」


「はい」


「本を読んだ」


「はい」


「客も来た」


「はい」


「昼寝もした」


「それは林夏です」


「じゃあ、俺は結構何かしたな」


月白は笑った。


店の外へ出る。


空は少し赤くなっていた。


「林夏」


「ん?」


「何もしない日も、悪くないですね」


「うん」


「明日も、何もしないかもしれません」


「それでもいい」


「でも、明後日は何かしたくなるかもしれません」


「それもいい」


月白は頷いた。


駅へ向かう。


今日は手をつながない。


昨日とも違う。


一昨日とも違う。


けれど、二人は同じ道を歩いていた。


駅の前で別れる。


「また明日」


「はい」


月白は少し歩いてから振り返った。


林夏はまだそこにいる。


月白は小さく手を振った。


夜。


月白はノートを開く。


――今日は、何もしない時間があった。


――それでも、一日はちゃんと過ぎていった。


――林夏と一緒にいた。


少し考える。


――毎日、何かをしなければいけないわけではない。


そして。


――何もしないことも、自分で選べる。


月白はペンを置く。


端末が光った。


【今日の接触:継続】


【行動:低変化】


【本人による選択:確認】


【関係:継続】


【固定:なし】


【未来:未確定】


月白は画面を閉じた。


机の上には、青いガラス瓶。


その中には、いくつかの飴。


真鍮の鍵は、今日も万事修理店に置いたまま。


そして。


明日どうするかは、まだ決めていなかった。

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