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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第150章 置いていくもの

翌朝。


雨は止んでいた。


万事修理店の前には、水たまりがいくつも残っている。


林夏はシャッターを開けた。


店の中に入る。


昨日、月白が置いていった真鍮の鍵が、机の上にあった。


「今日は持っていかないのかな」


独り言を呟く。


しばらくして、月白が来た。


「おはようございます」


「おはよう」


月白は机の上の鍵を見る。


「まだありますね」


「うん」


「今日は……」


月白は少し迷った。


そして鍵を手に取る。


「置いていきます」


「今日は?」


「はい」


「昨日は持っていったのに」


「昨日は持っていきたかったので」


「今日は?」


「ここに置いておきたいと思いました」


林夏は頷いた。


「分かった」


月白は鍵を元の場所に戻した。


午前中。


先日の万年筆を取りに、客がやって来た。


林夏が修理した万年筆を渡す。


男性は試しに紙へ文字を書く。


インクが滑らかに流れる。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


男性はしばらく万年筆を見ていた。


「今日から使ってみようと思います」


月白が微笑む。


「よかったですね」


男性は頷き、店を出ていった。


「使うことを決めたんですね」


月白が言う。


「うん」


「直した時には、まだ決めていなかったのに」


「人は後から決めることもあるから」


月白は鍵を見る。


「物も、人も、待っていていいんですね」


「急ぐ必要がないならな」


昼。


二人は店の奥で弁当を食べた。


今日は林夏が作ったものだった。


「卵焼き、少し甘いですね」


「そう?」


「はい」


「嫌い?」


「いいえ」


月白は一口食べる。


「好きです」


林夏は少し嬉しそうにした。


「じゃあ、また作る」


「お願いします」


「明日?」


「明日も食べられるんですか?」


「材料があれば」


「では、明日も楽しみにしています」


林夏は箸を止めた。


「……今、約束した?」


月白も少し考える。


「そうかもしれません」


「じゃあ、守らないとな」


「はい」


午後。


客足が途切れた。


月白は本を読んでいた。


林夏は修理をしている。


しばらくして、月白が本を閉じた。


「林夏」


「ん?」


「昨日、傘を一緒に使いましたよね」


「うん」


「今日は、別々に歩いています」


「そうだな」


「昨日と違います」


「毎日同じじゃないからな」


月白は少し笑った。


「でも、昨日と違っても」


「うん」


「関係が変わるわけではないんですね」


林夏は工具を置いた。


「たぶん」


「たぶん?」


「毎日同じことをしなくても、一緒にいたいと思うなら続くんじゃない?」


月白は静かに頷いた。


「そうですね」


夕方。


月白は棚の上の真鍮の鍵を見た。


今日は持っていかない。


それでも、そこにあることが気にならない。


むしろ。


そこにあることが、少し安心できた。


「林夏」


「ん?」


「鍵って、持っていることだけが大切じゃないのかもしれません」


「どういうこと?」


「置いておく場所を自分で決めることも、その一つなのかなと思って」


「なるほど」


林夏は笑った。


「じゃあ、今日はここが鍵の場所だな」


「はい」


夜。


店を閉める。


月白は帰る前に、鍵を一度だけ確認した。


「また明日」


「うん」


「明日、卵焼き」


「忘れてない」


月白は笑った。


「では、また明日」


駅へ向かう。


今日は一人だった。


けれど、寂しくはなかった。


明日、会う予定がある。


そして、その予定は自分たちで決めたものだった。


夜。


月白はノートを開いた。


――今日は鍵を置いていった。


――昨日は持っていった。


――どちらも、自分で決めた。


少し考える。


――同じものを、毎日同じように扱う必要はない。


そして。


――人との関係も、同じなのかもしれない。


最後に。


――明日は、林夏の卵焼きを食べる。


月白はそこで筆を止めた。


少し笑ってから、書き足した。


――楽しみ。


端末が光る。


【予定:成立】


【本人による更新:確認】


【関係:継続】


【固定:なし】


【明日の予定:朝食】


【未来:未確定】


月白は端末を閉じた。


机の上には、青いガラス瓶。


その隣には、何もない。


真鍮の鍵は、万事修理店に置いてある。


今日は、それでよかった。


明日、取りに行くかもしれない。


しばらく置いておくかもしれない。


それもまた。


明日の自分が決めればいい。

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