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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第149章 今日は、持っていく

翌朝。


万事修理店のシャッターを開ける。


林夏は店の中へ入ると、昨日のまま置かれていた真鍮の鍵を見た。


「おはようございます」


「おはよう」


月白が入ってくる。


いつものように、少し早い。


「鍵、まだありますね」


「あるよ」


月白は鍵の前に立った。


昨日は店に置いて帰った。


今日はどうするか。


少し考える。


「今日は、持っていきます」


「どこへ?」


「分かりません」


「じゃあ、持っていくだけ?」


「はい」


林夏は笑った。


「いいんじゃない?」


月白は鍵をポケットに入れた。


午前中。


店に一人の客が来た。


古い万年筆だった。


「父が使っていたものです」


林夏が手に取る。


「インクが詰まっていますね」


「直せますか?」


「たぶん」


客は少し安心したように笑った。


「昔、父からもらったんです。でも、何年も使っていなくて」


月白が聞く。


「また使いたいんですか?」


客は少し考えた。


「……まだ分かりません」


林夏は頷いた。


「では、使える状態にしておきます」


客はその言葉を聞いて、笑った。


「お願いします」


客が帰った後。


月白は言った。


「使うかどうかを決める前に、使えるようにしておく」


「そういうこともある」


「選択肢を残しておくんですね」


「うん」


月白はポケットの鍵を触った。


「それも、選択なんですね」


「たぶん」


昼過ぎ。


突然、雨が降り始めた。


窓を叩く音が強くなる。


「雨ですね」


「傘、ある?」


「ありません」


林夏は店の奥から傘を一本出した。


「これ使えば?」


「林夏は?」


「俺もある」


「本当ですか?」


「ない」


「……」


月白は林夏を見た。


「それなら、一緒に帰りますか?」


林夏は少し驚いた。


「いいの?」


「はい」


二人で一本の傘を持つ。


店を出る。


雨の音が周囲を覆う。


月白が少しだけ近づく。


肩が触れる。


「狭いですね」


「傘が小さい」


「林夏が大きいんです」


「それは初めて言われた」


「本当ですか?」


「たぶん」


二人は笑った。


駅へ向かう途中。


月白が立ち止まる。


小さな店の軒先に、古い青い傘が置かれていた。


「綺麗ですね」


「買う?」


「今日はいいです」


「どうして?」


「今は、この傘がありますから」


林夏は何も言わずに頷いた。


駅に着く。


雨はまだ降っている。


二人は屋根の下で立っていた。


月白がポケットから鍵を取り出す。


雨の光を受けて、真鍮が少し輝く。


「今日は持ってきてよかったです」


「何か見つかった?」


「いいえ」


「じゃあ、どうして?」


月白は鍵を見る。


「分からないものを持っていることが、少し楽しくなってきました」


林夏は笑った。


「それなら、持ってきた意味はあったな」


電車が来る。


二人で乗り込む。


今日は並んで座った。


窓に雨粒が流れていく。


しばらくして、月白が言う。


「林夏」


「ん?」


「私、最近、明日のことを考えるようになりました」


「前は?」


「前は、明日が来ることが怖かったです」


林夏は何も言わずに聞く。


「何が起きるか分からなかったから」


「今は?」


月白は窓の外を見る。


「分からないことは、今も怖いです」


「うん」


「でも」


月白は少し笑った。


「分からないからこそ、明日を選べるのかもしれないと思っています」


林夏は少し考えた。


「じゃあ、明日は何する?」


月白は振り返る。


「……まだ決めていません」


「それもいいな」


「はい」


駅に着く。


雨が少し弱くなっていた。


二人は駅前で別れる。


「また明日」


林夏が言う。


月白は頷く。


「また明日」


少し歩いてから。


月白が振り返る。


「林夏」


「ん?」


「今日は、一緒の傘で帰れてよかったです」


「俺も」


月白は笑った。


それから歩き出す。


夜。


月白はノートを開いた。


――今日は鍵を持っていった。


――何の鍵かは、まだ分からない。


――雨が降った。


――林夏と一つの傘に入った。


少し考える。


――予定していなかった。


――でも、嫌ではなかった。


さらに一行。


――予定外のことが起きても、今日を選び直せる。


月白はペンを置いた。


端末が光る。


【予定外の接触:成立】


【本人による再選択:確認】


【関係:継続】


【予測:不要】


その下に、短い一文が現れた。


【未確定の未来:継続】


月白はそれを見て、少しだけ笑った。


そして、鍵を机の上に置く。


今日は持ってきた。


明日、持っていくかどうかは。


明日、自分で決めればいい。

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