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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第十五章 運命の外側にある街

扉の向こうには、街があった。


 林夏は、しばらく何も言わなかった。


「……第七街区?」


 月白が尋ねる。


「違う」


 紅葉が答えた。


「こんな場所、知らない」


 澪は入口の前に立ったまま、動かなかった。


 街灯。


 古い建物。


 細い道路。


 遠くに見える高層ビル。


 どこにでもありそうな街だった。


 ただ一つ。


 奇妙なことがある。


 人がいない。


 車も走っていない。


 店の看板はある。


 信号も動いている。


 自動販売機まである。


 なのに。


 誰もいない。


「……静かすぎる」


 月白が呟いた。


 林夏は一歩、街の中へ入った。


「でも」


 周囲を見る。


「普通の街だな」


「普通じゃない」


 紅葉が言う。


「ここには命軌がない」


 林夏が振り返る。


「本当に?」


「うん」


 月白も確認する。


「私にも感じられない」


 澪が小さく言った。


「だから、ここまで来られたのかも」


「どういう意味?」


 林夏が聞く。


「命運修正機構は、命軌を観測して対象を追跡する」


 澪は端末を見せた。


 画面には何も表示されていない。


「でも、ここには観測する命軌そのものがない」


「じゃあ」


 林夏が笑った。


「隠れ家としては最高じゃん」


 紅葉がため息をつく。


「簡単に考えすぎ」


「でも、追手が来ないならいいだろ」


「それはそうだけど」


「じゃあ、いい」


「……」


 紅葉は何も言えなかった。


 四人は街の中心へ向かって歩いた。


 途中で、林夏が足を止める。


「待って」


「何?」


「自動販売機」


「……」


「飲み物買おう」


「今?」


「今」


 紅葉が頭を抱える。


「あなた、危機感がないの?」


「あるよ」


「なら、どうして?」


「喉が渇いた」


 月白が小さく笑った。


「私は水でいい」


「紅葉は?」


「いらない」


「澪は?」


「……私も、水」


「了解」


 林夏は硬貨を入れた。


 しかし。


 自動販売機は動かなかった。


「壊れてる」


「修理屋なのに?」


 紅葉が言う。


「だから直す」


「本当に?」


「もちろん」


 林夏は自動販売機を叩いた。


「ちょっと」


 紅葉が止める。


「それは修理じゃない」


「じゃあ、どうすればいい?」


「分からない」


「……」


 月白が笑う。


「林夏」


「何?」


「こういうところ、あなたらしい」


「褒めてる?」


「たぶん」


「じゃあ、もらっておく」


 四人の笑い声が、誰もいない街に響いた。


 そのとき。


 遠くの建物の窓が、一つだけ光った。


 四人は同時に振り返った。


 しかし。


 光はすぐに消えた。


「誰かいる」


 紅葉が刀を抜く。


「待って」


 月白が手を上げた。


「敵とは限らない」


 林夏も頷く。


「じゃあ、行ってみよう」


「罠だったら?」


「そのとき考える」


 紅葉が呆れた顔をする。


「またそれ」


「便利な言葉だから」


 四人は光のあった建物へ向かった。


 建物の一階には、古い看板が掛かっていた。


 文字はかすれている。


 だが。


 林夏には読めた。


 ――喫茶店。


「入ってみよう」


 ドアを開ける。


 カラン。


 小さな鈴の音が鳴った。


「いらっしゃい」


 店の奥から声がした。


 四人が止まる。


 カウンターの向こうに。


 一人の老人が座っていた。


 白い髪。


 古い眼鏡。


 そして。


 年季の入ったエプロン。


「……人?」


 澪が呟く。


 老人は笑った。


「人だよ」


 林夏が聞く。


「ここ、何て街?」


「名前はない」


「名前がない?」


「昔はあった」


 老人は四人を見る。


「だが、命軌から外れた場所には、名前も残らない」


 月白が表情を変えた。


「あなたは、ここが何なのか知っているの?」


「多少はね」


 老人は四人を見回す。


「君たちは、外から来たのか」


「はい」


 月白が答える。


「なら、長居はしないほうがいい」


 紅葉が警戒する。


「なぜ?」


「この街は、運命から逃げる場所じゃないからだ」


 老人は静かに言った。


「運命から外れた人間が、最後に流れ着く場所だ」


 澪が息を呑む。


「じゃあ……ここにいる人たちは?」


 老人は答えなかった。


 ただ。


 空になった店内を見た。


「昔は、たくさんいた」


「昔?」


「みんな、自分の人生を選びたかった」


 老人はコップを磨きながら言った。


「だから、ここへ来た」


 林夏が聞く。


「それで?」


「選び続けた結果、誰もいなくなった」


 店内が静かになる。


 月白が尋ねる。


「死んだの?」


「分からない」


 老人は首を振った。


「命軌から消えた者が、どこへ行くのか。誰にも分からない」


 林夏は黙った。


 紅葉が聞く。


「それなら、私たちも同じになる?」


「可能性はある」


「……」


「だが」


 老人は林夏を見る。


「君たちは少し違う」


「俺?」


「いや」


 老人は四人を見る。


「四人ともだ」


 澪が聞いた。


「何が違うの?」


 老人は答える。


「まだ、お互いの人生を決めていない」


 その言葉に。


 月白が少しだけ目を伏せた。


 林夏は黙っていた。


 紅葉も。


 澪も。


 誰も何も言わなかった。


 しばらくして。


 林夏が口を開く。


「それって、悪いこと?」


 老人は笑った。


「さあ」


「……」


「だから面白いんだ」


 老人は四人の前に、温かい茶を置いた。


「ここでは、正しい答えは用意されていない」


「それなら」


 林夏は茶を飲む。


「楽じゃん」


「なぜ?」


「正しい答えを探さなくていいから」


 老人は少し驚いた顔をした。


 そして。


 笑った。


「君は、本当に変わった子だね」


「よく言われる」


 紅葉が小さく呟く。


「自覚はあるんだ」


「もちろん」


 月白が笑う。


 澪も。


 ほんの少しだけ笑った。


 その夜。


 四人は喫茶店の二階にある空き部屋を借りることになった。


 部屋は狭かった。


 ベッドは二つしかない。


「どうする?」


 月白が聞く。


「俺は床でいい」


 林夏が即答する。


「じゃあ私も」


 紅葉が言う。


「なんで?」


「一人だけ床に寝るのは悪いから」


「じゃあ私も床」


 澪まで言った。


「待って」


 林夏が頭を抱える。


「四人とも床はおかしいだろ」


 月白が笑う。


「じゃあ、どうする?」


 林夏はベッドを見る。


 そして。


「……じゃんけん?」


「子供みたい」


「いいじゃん」


 四人は小さな部屋の中で、じゃんけんをした。


 勝ったのは月白と澪だった。


 林夏と紅葉は床になった。


「……」


「……」


 林夏と紅葉が顔を見合わせる。


「おやすみ」


「おやすみ」


 月白と澪がベッドに入る。


 しばらくして。


「林夏」


 月白が暗闇の中で呼んだ。


「ん?」


「ありがとう」


「何が?」


「今日、ここまで連れてきてくれて」


 林夏は少し考えた。


「俺だけじゃないよ」


「え?」


「四人で来たから」


 月白は何も言わなかった。


 ただ。


「……うん」


 小さく返事をした。


 夜が深くなる。


 誰も知らない街で。


 四人は眠った。


 しかし。


 その頃。


 第七街区では。


 命運修正機構の中央観測室に、一つの警告が表示されていた。


 ――異常因子四名、観測不能。


 担当官が画面を見つめる。


「……消えた?」


 隣の職員が答える。


「いいえ」


「では?」


「観測できないだけです」


 画面の中央に。


 古い街の地図が表示される。


 その場所には。


 本来存在しないはずの空白があった。


 担当官は静かに呟いた。


「運命の外側……」


 そして。


 その空白の上に。


 一つの名前が表示された。


 ――第零街区。


 存在しないはずの街だった。

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