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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第144章 何の鍵か

月曜日。


万事修理店の朝は、いつもと変わらなかった。


林夏は店のシャッターを開ける。


机を拭く。


工具を並べる。


そして、昨日買ったパンを食べる。


「朝からパンですか」


声がした。


振り返る。


月白が立っていた。


「おはよう」


「おはようございます」


月白は店に入る。


手には、先日の真鍮の鍵があった。


「それ、持ち歩いてるの?」


「はい」


「ずっと?」


「昨日から」


「何に使うか決まった?」


「まだです」


林夏は笑った。


「じゃあ、今日は鍵を探す日?」


「違います」


「違うの?」


「今日は、修理店に来ただけです」


「なるほど」


月白は椅子に座った。


しばらく店の中を眺める。


「何か手伝う?」


「じゃあ、これ」


林夏が小さな箱を渡した。


「部品を種類ごとに分けて」


「分かりました」


二人で作業を始める。


午前中。


客が一人来た。


古い引き出しの鍵が壊れたという。


林夏は鍵を受け取る。


「これなら直せます」


「助かります」


客は安心したように笑った。


月白はその様子を見ていた。


客が帰った後。


「林夏」


「ん?」


「鍵って、全部何かを開けるためにあるんですか?」


「そうじゃない?」


「でも、昨日の鍵は何を開けるか分かりません」


「じゃあ、まだ鍵じゃないのかも」


月白は少し驚いた。


「鍵なのに?」


「使う場所が分からないなら、ただの金属じゃない?」


「……確かに」


月白は鍵を見た。


「では、何かを開けるまで、意味はないんでしょうか」


林夏は少し考えた。


「そうでもないと思う」


「どうして?」


「持っていたいと思ったから買ったんだろ?」


「はい」


「なら、それだけで十分じゃない?」


月白は黙った。


それから小さく笑った。


「そうですね」


昼。


二人で近くの店へ行く。


月白は親子丼。


林夏は大盛りのカツ丼。


「また大盛りですか」


「今日は働いたから」


「まだ昼ですよ」


「午後も働く」


「では、午後の分も含めて?」


「そう」


「便利な理屈ですね」


食事を終えて店へ戻る。


午後。


月白は店の奥で本を読んでいた。


林夏は修理を続けている。


静かな時間だった。


突然。


月白のスマートフォンが震えた。


画面を見る。


一瞬だけ、表情が変わる。


「どうした?」


「……いえ」


「何か来た?」


月白は画面を林夏に見せた。


そこには一行だけ。


【対象外物品:確認】


月白は眉を寄せた。


「何のことか分かりません」


林夏も画面を見る。


「鍵?」


「たぶん」


少しして、表示が消える。


【対象:不明】


【分類:未登録】


【観測:継続】


月白は真鍮の鍵を取り出した。


「この鍵のことかもしれません」


「かもしれないな」


「調べますか?」


林夏は工具を置いた。


「月白は調べたい?」


月白は鍵を見る。


少し考える。


「……今日は調べません」


「分かった」


「気にはなります」


「うん」


「でも、気になるからすぐ答えを出さなくてもいいと思います」


林夏は笑った。


「それでいいんじゃない?」


月白は鍵をポケットに戻した。


夕方。


店を閉める時間になった。


月白は帰る前に、店の棚を眺めた。


修理された時計。


古いラジオ。


壊れたカメラ。


誰かの思い出が、いくつも並んでいる。


「林夏」


「ん?」


「この店には、いろんな物がありますね」


「修理屋だからな」


「どれも、誰かにとって必要なものなんでしょうね」


「そうだと思う」


月白は真鍮の鍵を握る。


「私も、いつかこの鍵の意味が分かるでしょうか」


林夏は答えなかった。


代わりに言った。


「分からなくても、持っていればいい」


「はい」


「もし何かを開ける日が来たら、その時考えればいい」


月白は頷いた。


店を出る。


二人で駅まで歩く。


夕方の街は、人が多い。


月白が少しだけ林夏に近づく。


肩が触れる。


けれど、どちらも何も言わない。


駅に着く。


「また明日」


林夏が言う。


「はい。また明日」


月白は手を振った。


電車に乗る。


座席に座った後、ポケットの中の鍵を取り出す。


窓から夕日が差し込む。


鍵が少しだけ光った。


月白はそれを見つめる。


まだ何の鍵か分からない。


けれど。


分からないままでも、持っていたいと思う。


その気持ちだけは、はっきりしていた。


夜。


月白はノートを開く。


――真鍮の鍵。


――まだ何の鍵か分からない。


――今日は調べなかった。


少し考える。


そして。


――分からないことを、分からないままにしておくことも選択だと思った。


最後に。


――いつか分かったら、その時に考える。


端末が静かに光る。


【対象:未登録】


【予定外の選択:確認】


【本人による保留:成立】


【観測:継続】


その下に、今までにはなかった一行が表示された。


【予測:不要】


月白はその文字をしばらく見ていた。


そして、端末を閉じた。


「……予測しなくてもいいことも、あるんですね」


窓の外は、もう暗かった。

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