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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第136章 寂しさを隠さない

昼過ぎ。


万事修理店の前に、一人の女性が立っていた。


手には古い置き時計を持っている。


「これ、今日中に直せますか?」


林夏は時計を受け取った。


「見てみます」


裏側を開ける。


中の部品を確認する。


「少しかかります」


「どのくらいですか?」


「夕方までには」


女性は頷いた。


「お願いします」


客が帰る。


林夏は時計を修理台に置いた。


その時、月白が本から顔を上げた。


「今日は忙しいですね」


「うん」


「じゃあ、私は邪魔ですか?」


「そんなことない」


「でも、仕事がありますよね」


「ある」


林夏は時計を見た。


「今日は少し遅くなるかもしれない」


月白は頷いた。


「分かりました」


それだけだった。


けれど。


少しだけ寂しかった。


昨日、久しぶりに会えた。


今日は一緒に過ごせると思っていた。


でも、仕事がある。


それは仕方がない。


月白は本を閉じた。


「私は帰ります」


「もう?」


「はい」


林夏が顔を上げる。


「大丈夫?」


「大丈夫です」


月白は笑った。


「また明日来ればいいので」


そう言って店を出た。


外へ出る。


少し歩く。


月白は立ち止まった。


「……寂しい」


誰もいない道で、小さく呟いた。


以前なら、その感情をなかったことにしていたかもしれない。


自分が重いのではないか。


相手に迷惑をかけるのではないか。


そんなことを考えて、黙っていた。


でも今は。


寂しいなら、寂しい。


それだけだった。


一方。


店の中では、林夏が時計を修理していた。


しばらくして、スマートフォンを見る。


月白から連絡はない。


「帰ったか」


少しだけ気になった。


けれど、今は仕事を終わらせる。


夕方。


時計の修理が終わった。


客が戻ってくる。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


女性が時計を受け取る。


「動いています」


「よかった」


店を出る。


林夏は椅子に座った。


店の中が静かになる。


「……月白、帰ったな」


林夏はスマートフォンを手に取った。


メッセージを送る。


【今日はごめん】


すぐには返事が来なかった。


しばらくして。


【どうして謝るんですか?】


【一緒にいられると思ってたから】


月白は画面を見つめた。


そして。


【私もです】


短い返事だった。


林夏は少し笑った。


【寂しかった?】


しばらく既読がつかない。


やがて。


【はい】


その一文字だけだった。


林夏は画面を見た。


胸の奥が少し温かくなる。


【俺も】


月白はその返事を見て、少し笑った。


【でも、仕事なら仕方ないです】


【うん】


【だから、明日でいいです】


林夏は少し考える。


【明日も仕事が入るかもしれない】


少しして。


【その時は、その時ですね】


林夏は笑った。


【そうだな】


【でも】


月白から続けてメッセージが来る。


【会いたい時は、会いたいと言います】


林夏はしばらく画面を見た。


【俺も言う】


その夜。


月白はノートを開いた。


――今日は、少し寂しかった。


その下。


――でも、寂しいと言えた。


さらに。


――相手も同じだった。


月白はペンを止めた。


最後に一行。


――寂しさを隠さなくても、関係は壊れなかった。


ノートを閉じる。


一方。


林夏は店の掃除をしていた。


机の上には、月白が読んでいた恋愛小説が置いてある。


明日返すと言っていた本だ。


林夏はそれを手に取った。


「まだ途中か」


少しだけページをめくる。


恋人同士の二人が、別々の道を歩いている場面だった。


林夏は首を傾げた。


「難しいな」


本を閉じる。


「でも、会いたいなら会いたいって言えばいいか」


それだけ言って、本を元の場所へ戻した。


翌朝。


月白は店の前に立った。


今日は昨日より少し遅い。


扉を開ける。


「おはようございます」


林夏が振り返る。


「おはよう」


二人は少し黙った。


昨日のことを思い出している。


月白が先に言った。


「今日は、会いたかったので来ました」


「うん」


「林夏は?」


「俺も」


それだけでよかった。


朝食を作る。


二人で食べる。


特別な話はしない。


昨日寂しかったこと。


昨日会えなかったこと。


それをもう一度繰り返す必要はなかった。


ただ。


今日は会えた。


それで十分だった。


食事の後。


月白が言う。


「林夏」


「ん?」


「昨日、少し思ったことがあります」


「何?」


「会えないことより」


月白は少し考えた。


「会えないことを、言えないことのほうが怖かったです」


林夏は頷いた。


「分かる」


「だから、これからは言います」


「うん」


「会いたい時は、会いたいって」


「俺も」


月白は笑った。


「じゃあ、約束ですね」


「契約書は?」


「必要ですか?」


「うちは修理店だからな」


月白は笑った。


「では、口約束で」


「それで十分」


二人は笑った。


その時。


端末が静かに光った。


【感情:確認】


【寂しさ:発生】


【本人による表明:成立】


【関係への影響:継続】


そして。


【予測:困難】


月白は画面を見る。


「また、予測できなくなっています」


林夏は笑った。


「じゃあ、いいことだな」


「どうして?」


「俺たちが自分で決めてるってことだろ」


月白は端末を閉じた。


「そうですね」


窓の外から、朝の光が差し込む。


昨日とは違う一日が始まる。


会える日。


会えない日。


寂しい日。


楽しい日。


その全部を含めて。


二人の関係は、まだ名前を持たない。


けれど。


少しずつ、自分たちのものになっていた。


【感情:相互確認】


【接触:継続】


【関係:未固定】


【本人による更新:成立】


【未来:未確定】

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