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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第130章 何もない日の約束

翌朝。


月白はいつもより少し早く目を覚ました。


時計を見る。


まだ、店へ行くには早い。


「……早すぎますね」


もう一度布団に戻ろうとして、やめた。


昨日、自分で言った。


明日も行く。


だから、行けばいい。


月白は着替え、外へ出た。


第七街区の朝は静かだった。


パン屋から焼きたての匂いがする。


通りの掃除をしている人がいる。


学校へ向かう子供たちが走っている。


月白はその景色をゆっくり見ながら歩いた。


万事修理店に着く。


まだシャッターは閉まっていた。


月白は少し迷ってから、店の前のベンチに座った。


十分。


二十分。


やがて、シャッターが上がる。


林夏が顔を出した。


「……月白?」


「おはようございます」


「早いな」


「はい」


「何時からいた?」


「少し前です」


「少し?」


「三十分くらい」


林夏は目を丸くした。


「早すぎる」


「昨日、明日も来ると言ったので」


「だからって朝から来なくても」


「早く会いたかったので」


林夏は黙った。


月白も、自分で言ってから少し恥ずかしくなった。


「……今のは忘れてください」


「無理」


「どうして?」


「嬉しいから」


月白は顔を赤くした。


「では、忘れなくていいです」


「分かった」


林夏はシャッターを完全に開けた。


「朝飯、食べる?」


「はい」


二人は店の奥へ入った。


特別な予定はなかった。


どこへ行くかも決まっていない。


何をするかも決まっていない。


それでも、朝食を二人で食べる。


それだけで、月白は少し安心した。


「今日は何をしますか?」


「何もしない」


「何もしない?」


「うん」


林夏は味噌汁を飲む。


「たまにはいいだろ」


月白は少し考えた。


「そうですね」


その頃。


紅葉は駅前で七番を待っていた。


今日は紅葉から誘った日だった。


七番が現れる。


「待った?」


「少し」


「ごめん」


「いい」


紅葉は歩き始めた。


「今日はどこへ行く?」


「決めてない」


「俺も」


「じゃあ、歩こう」


二人は並んで歩いた。


昨日までとは少し違う。


目的地を決めない。


昔の場所へ戻らない。


ただ、今の二人が行きたい方向へ歩く。


途中で七番が小さな店を指差した。


「入る?」


「何の店?」


「知らない」


紅葉は笑った。


「じゃあ入ってみる?」


「うん」


店の中には古い雑貨が並んでいた。


紅葉は赤い髪留めを見つけた。


「これ、似合う?」


七番が見る。


「似合う」


「即答?」


「似合うから」


紅葉は髪留めを手に取った。


「じゃあ、買おうかな」


「自分で?」


「自分で」


七番は笑った。


「それが紅葉らしい」


「何それ」


「昔なら、俺に選ばせてた」


紅葉は少し考えた。


「そうだったかもね」


髪留めを買う。


店を出てから、紅葉はそれを髪につけた。


「どう?」


「やっぱり似合う」


「ありがとう」


二人はまた歩いた。


一方。


澪と真琴は、駅前の小さな喫茶店にいた。


今日は澪からではない。


真琴から誘った。


「昨日の本」


「はい」


「続き、読みませんか?」


「いいですね」


二人で同じ本を開く。


しばらくして、澪が言った。


「真琴さん」


「はい」


「昨日、私から誘いました」


「そうですね」


「今日は、真琴さんから」


「はい」


「こういうのって」


澪は少し考える。


「交互に誘うものなんでしょうか?」


真琴は笑った。


「決まりはないと思います」


「そうですか」


「会いたい人が、その時に誘えばいい」


澪は頷いた。


「それなら、少し安心しました」


「何が?」


「どちらか一方だけが頑張らなくてもいいから」


真琴は本を閉じた。


「じゃあ、次はどちらが誘うか決めないでおきましょう」


「はい」


「会いたいと思ったほうが誘う」


澪は笑った。


「いいですね」


その頃。


万事修理店。


昼を過ぎても、二人は店にいた。


月白は本を読んでいる。


林夏は壊れた時計を修理している。


会話はほとんどない。


時計の音。


ページをめくる音。


工具の音。


それだけだった。


月白は本から顔を上げた。


「林夏」


「ん?」


「何もしない時間って、意外といいですね」


「だろ?」


「以前は、何かをしなければいけないと思っていました」


「俺はいつも何もしないけど」


「それは少し違います」


「そう?」


「林夏は、何もしないように見えて、ちゃんと何かしています」


「例えば?」


「壊れたものを直したり」


「それは仕事」


「私と話したり」


「それは楽しいから」


月白は少し笑った。


「そういうところです」


「何が?」


「分かりません」


二人は笑った。


午後。


突然、店の扉が開く。


紅葉だった。


「疲れた」


「何したの?」


「歩いた」


「それだけ?」


「それだけ」


月白が聞く。


「七番とですか?」


「うん」


「どうでした?」


紅葉は少し考えた。


「楽しかった」


「それはよかったです」


「でも、まだ好きかどうかは分からない」


「うん」


紅葉は椅子に座った。


「でも、また会いたい」


月白は頷いた。


「それなら十分ですね」


紅葉は少し笑った。


「あなたも同じ顔してる」


「え?」


「林夏といる時」


月白は黙った。


林夏が横から言う。


「俺もそう思う」


「林夏まで……」


月白は少しだけ顔を伏せた。


けれど、嫌そうではなかった。


夕方。


紅葉が帰ったあと。


月白は店の窓から外を見ていた。


「林夏」


「ん?」


「明日も来てもいいですか?」


「もちろん」


「明日は何もしなくても?」


「もちろん」


「じゃあ」


月白は振り返った。


「明日も来ます」


林夏は笑った。


「待ってる」


月白はその言葉を聞いて、少しだけ立ち止まった。


待っている。


その言葉が、以前とは違う意味に聞こえた。


誰かに待たされるのではない。


自分が行きたいから行く。


そして、そこには待っている人がいる。


それだけでよかった。


夜。


端末が一度だけ光る。


【接触:継続】


【予定:本人による更新】


【目的:未設定】


そして、最後に。


【明日の接触:予測可能】


月白は画面を見た。


少し笑う。


「明日のことは、分かるんですね」


林夏が隣から覗く。


「明日、来るって決めたからな」


「そうですね」


月白は端末の電源を切った。


「じゃあ、明日は明日のために残しておきましょう」


二人は静かな店の中で笑った。


何もない日。


けれど。


何もないからこそ、自分で選べる日だった。


【明日の予定:成立】


【本人による接触:継続】


【関係:未固定】


【未来:未確定】

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