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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第129章 残した写真

翌日の午後。


万事修理店の扉が開いた。


昨日の男だった。


「直りましたか?」


林夏は修理台から顔を上げた。


「はい。動きます」


男は少し驚いたようにカメラを受け取った。


「本当に……」


電源を入れる。


小さな画面が点いた。


男はしばらく画面を見つめていた。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


男は帰ろうとした。


けれど、扉の前で足を止める。


「一枚、撮ってもいいですか?」


「もちろん」


男はカメラを構えた。


店の中を撮る。


林夏。


月白。


修理台。


棚。


古い時計。


そして、窓から入る午後の光。


シャッター音が鳴った。


男は写真を確認した。


「……これでいい」


「何が?」


「これから、このカメラを使えそうです」


月白が静かに聞いた。


「奥さんとの写真は、残っていますか?」


男は少し笑った。


「はい」


「見てもいいですか?」


男は少し迷った。


それからカメラを月白に渡した。


画面には、古い写真が何枚も残っていた。


若い二人。


旅行先の海。


小さな食堂。


桜の下。


どれも古い写真だった。


月白は一枚ずつ見た。


「素敵ですね」


「昔は、こんなに写真を撮るとは思ってなかった」


「どうして撮ったんですか?」


男は少し考えた。


「その時は、残したいと思ったからでしょうね」


月白はその言葉を聞いて、昨日のノートを思い出した。


自分も同じだった。


理由を説明する必要はない。


残したいと思った。


それだけだった。


男はカメラを受け取った。


「これからは、もっと撮ろうと思います」


「今から?」


「今からです」


男は笑った。


「妻の写真だけじゃなくて、自分の写真も」


そう言って、店を出ていった。


月白はしばらく扉を見ていた。


「林夏」


「ん?」


「写真って、不思議ですね」


「そう?」


「同じ一枚でも、時間が経つと意味が変わる」


林夏は頷いた。


「そうかもな」


「昨日の植物園の写真も、いつか意味が変わるでしょうか」


「変わるんじゃない?」


「少し寂しいですね」


「でも、悪いことじゃない」


月白は林夏を見る。


「どうして?」


「その時の自分と、今の自分が違うってことだから」


月白は少し考えた。


「変わることを、怖がらなくてもいい?」


「怖がってもいいと思う」


「え?」


「怖くても変わる時は変わるし」


林夏は笑った。


「だから、怖がったままでもいいんじゃない?」


月白も笑った。


その日の夕方。


紅葉が店に来た。


「今日は静かね」


「客が少ない」


「七番から連絡が来た」


「また?」


「うん」


紅葉は椅子に座った。


「今度は、私から誘った」


月白が顔を上げる。


「どうでした?」


「まだ会ってない」


「それでも?」


「それでも」


紅葉は笑った。


「誘いたいと思ったから誘った」


「返事は?」


「明日ならいいって」


林夏が言った。


「じゃあ、明日だな」


「そうね」


紅葉は少し考えた。


「昔なら、返事が来るまで不安で仕方なかったと思う」


「今は?」


「少し不安」


「変わってないじゃん」


「でも、待てる」


紅葉は窓の外を見た。


「自分で誘ったから」


月白は頷いた。


「それは大きいですね」


紅葉は月白を見る。


「あなたもそう?」


「はい」


「林夏に会いたい時、自分から来る?」


「来ます」


即答だった。


紅葉は少し笑った。


「じゃあ、私も負けてられないわね」


「何の勝負?」


林夏が聞く。


「知らない」


二人が笑った。


夜。


紅葉が帰ったあと。


店の中は再び静かになった。


月白は昨日のノートを開いた。


植物園。


おにぎり。


来年も行きたい。


その下に、今日の日付を書いた。


そして少し迷ってから、一行加えた。


――今日、誰かの写真を見た。


さらに、その下。


――残すことは、過去に戻ることではない。


林夏が隣から覗く。


「難しいこと書いてるな」


「そうですか?」


「俺なら、今日も飯が美味しかったって書く」


月白は笑った。


「それも書いておきます」


「本当に?」


「はい」


月白はペンを動かした。


――今日もご飯がおいしかった。


林夏は満足そうに頷いた。


「完璧」


「何がですか?」


「記録として」


月白はノートを閉じた。


「林夏」


「ん?」


「明日も来ていいですか?」


「もちろん」


「何も用事がなくても?」


「うん」


「ただ一緒にいるだけでも?」


「それでいいよ」


月白は小さく笑った。


「では、明日も来ます」


端末が机の上で一度だけ光った。


【接触予定:本人による設定】


その下には、以前とは違う表示が出た。


【目的:未設定】


月白はそれを見て、少しだけ笑った。


「目的がなくても、会っていいんですね」


林夏は答えた。


「人間だからな」


端末の光が消える。


店の外では、夜の街が静かに続いていた。


明日、何をするかは決まっていない。


何を話すかも。


どこへ行くかも。


ただ。


また会うことだけは、自分たちで決めていた。


【接触予定:成立】


【目的:未設定】


【関係:継続】


【本人による選択:確認】


【未来:未確定】

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