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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第128章 残しておきたいもの

植物園から帰った翌日。


万事修理店の机の上に、一枚の紙が置かれていた。


林夏が朝食を持ってくる。


「それ、何?」


月白は紙を見た。


「昨日の植物園の地図です」


「持って帰ってきたの?」


「はい」


「そんなに気に入った?」


「少しだけ」


月白は地図を折りたたんだ。


その隣には、小さな葉が一枚置かれている。


「これは?」


「落ちていたものです」


「拾ったの?」


「はい」


「植物園の人に怒られない?」


「落ち葉です」


「それなら大丈夫か」


林夏は席についた。


月白は葉を小さな紙に挟んでいる。


「何してるの?」


「保存します」


「何のために?」


月白は少し考えた。


「昨日を忘れないためです」


林夏は黙った。


月白は自分でも少し不思議だった。


以前の自分なら、記憶を残すことより、未来をどうするかを考えていた。


何が起きるのか。


いつ離れるのか。


誰と別れるのか。


どこへ戻されるのか。


そんなことばかり気にしていた。


今は違う。


昨日のことを残したいと思った。


「写真も撮っておけばよかったですね」


「撮ったじゃん」


「え?」


林夏はスマートフォンを取り出した。


昨日の写真が何枚も並んでいる。


花。


温室。


池。


弁当。


そして、海ではなく植物園のベンチに座っている二人。


月白は画面を見つめた。


「いつ撮ったんですか?」


「月白が花を見てる時」


「言ってください」


「言ったら自然じゃなくなるだろ」


月白は少し笑った。


「それはそうですね」


一枚の写真を拡大する。


そこには、花を見ながら笑っている自分が写っていた。


月白はしばらく黙っていた。


「どうした?」


「私、こんな顔をするんですね」


「するよ」


「知りませんでした」


「じゃあ、これから知っていけばいい」


月白は画面を閉じた。


「……はい」


昼前。


店に客が来た。


中年の男性だった。


手には古いカメラを持っている。


「これ、直せますか?」


林夏が受け取る。


「見てみます」


男性は少し迷ってから言った。


「昔、妻と使っていたものなんです」


月白が顔を上げた。


「奥さんは?」


男性は少し笑った。


「もういません」


店の空気が静かになった。


林夏はカメラを確認する。


「修理はできます」


「本当ですか?」


「たぶん」


「たぶん?」


「壊れ方を見てからじゃないと分からないので」


男性は頷いた。


「お願いします」


男性が帰ったあと、月白はカメラを見た。


「思い出を残したい人って、多いんですね」


「そうだな」


「でも、物を残せば思い出も残るんでしょうか」


林夏は工具を動かしながら答えた。


「たぶん、違う」


「どうして?」


「物が残っても、覚えてる人が変われば、意味も変わるから」


月白は少し考えた。


「じゃあ、残す意味は?」


「今の自分が残したいと思ったからでいいんじゃない?」


月白は昨日の葉を見る。


「今の私が、残したいと思ったから」


「うん」


午後。


月白は一冊のノートを買ってきた。


表紙は白かった。


林夏が見る。


「新しい本?」


「ノートです」


「何を書くの?」


月白は少し恥ずかしそうに答えた。


「一緒に行った場所を書きます」


「俺も書いていい?」


「もちろん」


最初のページ。


月白が書く。


――植物園。


その下に。


――林夏と行った。


林夏が横から見る。


「それだけ?」


「何か足しますか?」


「おにぎりがおいしかった」


月白は笑った。


「それは昨日のノートにも書きました」


「じゃあ、二回書こう」


月白はその下に、小さく書き足した。


――おにぎりがおいしかった。


二人で笑った。


その夜。


店を閉める時間になった。


月白はノートを鞄に入れた。


「明日も来ます」


「うん」


「明日も、その次も」


林夏は少し考えた。


「来たい時に来ればいいよ」


月白は頷いた。


店の外へ出る。


夜の街は静かだった。


月白は数歩歩いてから振り返った。


「林夏」


「ん?」


「来年の約束」


「うん」


「覚えていてくださいね」


林夏は笑った。


「忘れないよ」


「本当に?」


「ノートにも書いたし」


月白は安心したように笑った。


「それなら大丈夫ですね」


二人は別々の方向へ歩き始める。


月白は何度か振り返った。


林夏も一度だけ振り返る。


目が合った。


二人とも笑った。


それだけだった。


その夜。


月白は部屋でノートを開いた。


一ページ目。


【植物園】


その下に、新しい文章を書いた。


――来年も、同じ場所に行きたい。


少し考えてから、もう一行。


――同じ場所でも、同じ自分とは限らない。


そして最後に。


――それでも、もう一度見てみたい。


月白はペンを置いた。


端末が一度だけ光る。


【記録:保存】


【保存理由:本人による希望】


月白は画面を見た。


そして、電源を切った。


もう、記録が残っているかどうかを確認する必要はなかった。


自分で残した。


それだけで十分だった。


【記憶:保存】


【理由:本人による選択】


【関係:継続】


【未来:未確定】

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