第127章 まだ知らない季節
土曜日。
朝から、空はよく晴れていた。
万事修理店の前には、小さな鞄が二つ置かれている。
林夏は弁当を包んでいた。
「できた」
月白が覗き込む。
「何が入っていますか?」
「秘密」
「教えてください」
「開けてからのお楽しみ」
「少し不安です」
「大丈夫。食べられるものしか入ってない」
「それは最低条件です」
月白は笑った。
二人は駅へ向かった。
今日は月白が決めた場所。
植物園。
電車を降りると、駅の周りには休日の人が多かった。
小さな子供を連れた家族。
友達同士で歩く学生。
買い物袋を持った夫婦。
月白はその光景をしばらく眺めていた。
「どうした?」
林夏が聞く。
「こういう場所に来るのは、久しぶりです」
「植物園が?」
「こういう普通の休日が」
林夏は少しだけ笑った。
「じゃあ、今日は普通の日だ」
「はい」
植物園に入る。
入口には季節の花が並んでいた。
月白は一つずつ名前を確認していく。
「これは?」
「分からない」
「林夏も知らないんですね」
「俺は花より食べ物のほうが詳しい」
「それは知っています」
二人は笑いながら歩いた。
温室に入る。
外とは違う暖かさが広がっていた。
大きな葉。
見たことのない花。
水滴のついたガラス。
月白は立ち止まり、天井を見上げた。
「きれいですね」
「うん」
「林夏」
「ん?」
「植物って、未来のことを考えるんでしょうか」
林夏は少し考えた。
「どうだろう」
「来年も咲くとか」
「たぶん、そんなこと考えてないんじゃない?」
「そうですよね」
月白は花を見た。
「でも、人間は考えます」
「うん」
「来年もここに来られるかとか」
林夏は何も言わなかった。
月白は続ける。
「十年後はどうしているかとか」
「うん」
「誰といるかとか」
そこで月白は林夏を見た。
「……そういうことを考えるようになりました」
林夏は少し驚いた。
「前は?」
「前は、未来を考えるのが怖かったです」
「今は?」
月白は少し考えた。
「怖いです」
「そっか」
「でも」
月白は笑った。
「少しだけ、知りたいと思います」
二人は温室を出た。
ベンチに座り、林夏が弁当を開く。
「はい」
「……これは」
「おにぎり」
「見れば分かります」
「あと卵焼き」
「昨日と同じですね」
「卵は偉大だから」
月白は笑った。
一口食べる。
「美味しいです」
「本当?」
「はい」
「じゃあ成功」
「少し形が崩れていますけど」
「味は同じ」
「そうですね」
二人はゆっくり昼食を食べた。
食べ終わったあと、月白は鞄から小さなノートを取り出した。
「何それ?」
「植物園で見たものを書いておこうと思って」
「記録?」
「はい」
月白は花の名前を書いた。
それから少し考えて、ページの端に一行書いた。
――今日、林夏と植物園に来た。
林夏が覗き込む。
「それ、俺も書いていい?」
「どうぞ」
林夏はその下に書いた。
――おにぎりが美味しかった。
月白は笑った。
「そっちですか」
「大事だろ」
「大事です」
二人は顔を見合わせて笑った。
午後。
池の近くを歩いていると、月白が突然足を止めた。
「林夏」
「ん?」
「来年も、ここに来ませんか?」
林夏はすぐには答えなかった。
月白も、自分が何を言ったのか分かっているようだった。
これは約束だった。
未来を決める言葉。
けれど、以前とは違う。
月白は自分から未来を想像した。
そして、自分から言葉にした。
「もちろん」
林夏は答えた。
「来年も来よう」
月白は少し笑った。
「……はい」
その瞬間。
遠くに置いていた端末が、一度だけ光った。
林夏が振り返る。
画面には新しい記録が出ていた。
【未来接触:発生】
その下に、続きが表示される。
【予測:不能】
そして最後に。
【本人による未来選択:確認】
月白はその画面を見つめた。
以前なら、未来を予測できないことに不安を感じただろう。
けれど今日は違った。
「予測できないなら」
月白は小さく笑った。
「私たちが決めればいいですね」
林夏も笑った。
「そういうこと」
端末の光が消える。
二人は再び歩き始めた。
季節は変わる。
花も変わる。
人も変わる。
来年、ここに来られるかは分からない。
誰と一緒にいるかも、まだ分からない。
それでも。
今日の二人は、来年の自分たちに一つだけ言葉を残した。
また、ここへ来よう。
それは命軌が決めた未来ではなかった。
二人が今日、自分たちで選んだ未来だった。
【未来接触:本人による選択】
【予測:不能】
【関係:継続】
【来年の予定:未確定】
【今日の約束:成立】




