第126章 次に行く場所
朝。
万事修理店の窓から、柔らかな光が差し込んでいた。
林夏は店の奥で朝食を作っている。
月白は机に座り、一枚の紙を眺めていた。
紙には、いくつかの場所の名前が書かれている。
「何それ?」
林夏が皿を運びながら聞いた。
「候補です」
「何の?」
「次に行く場所」
林夏は紙を覗き込んだ。
「動物園」
「はい」
「映画館」
「はい」
「植物園」
「はい」
「ラーメン屋」
「……それは林夏が書いたでしょう」
「ばれた?」
月白は笑った。
紙には四つの候補があった。
「この中から決めるの?」
「いえ」
月白は首を横に振った。
「もう決めました」
「どこ?」
「植物園です」
「どうして?」
「まだ一度も一緒に行ったことがないからです」
林夏は頷いた。
「いいね」
「本当に?」
「うん」
「つまらなかったら?」
「その時は帰ればいい」
「雨が降ったら?」
「傘を買えばいい」
「混んでいたら?」
「別の場所に行けばいい」
月白は少し笑った。
「林夏は、何でも簡単ですね」
「簡単じゃないよ」
林夏は椅子に座った。
「ただ、途中で変えてもいいと思ってるだけ」
月白はその言葉を聞いて、紙を折りたたんだ。
「では、土曜日に行きましょう」
「決まり」
その瞬間。
机の上に置いていた端末が光った。
月白が振り返る。
画面には短い記録が表示されていた。
【予定変更】
【変更理由:本人による選択】
その下には、見慣れない文字があった。
【予測対象:存在しない】
月白は眉を寄せた。
「……これは?」
林夏も画面を見る。
「分からない」
「予測対象が存在しない?」
「変だな」
月白は端末を手に取った。
画面を操作する。
しかし、それ以上の情報は出てこない。
【詳細:取得不能】
月白はしばらく画面を見つめた。
以前なら、不安になっていただろう。
けれど、今は少し違った。
「調べますか?」
「どうしたい?」
林夏は月白を見る。
「月白が決めればいい」
月白は考えた。
そして端末を机に置いた。
「今日は、調べません」
「うん」
「土曜日の植物園のほうが大事です」
「じゃあ、植物園を優先しよう」
月白は頷いた。
その日の午後。
紅葉が店に来た。
「土曜日、空いてる?」
「俺?」
「二人に聞いてる」
月白を見る。
「私は植物園に行きます」
「また二人で?」
「はい」
紅葉は少し笑った。
「仲良くなったわね」
月白は少しだけ頬を赤くした。
「……そうかもしれません」
林夏が横から言う。
「紅葉は?」
「七番と会う」
「おお」
「何その反応」
「順調じゃん」
「まだ何も決まってない」
「でも会うんだろ?」
「会う」
「じゃあ順調」
紅葉は呆れた。
「本当に単純ね」
「褒め言葉?」
「違う」
月白が笑う。
店の空気が少し柔らかくなった。
その頃。
命軌修正機構の古い記録室では、一人の職員が古い端末を見つめていた。
画面には、昨日から発生している異常記録。
【中心対象:林夏】
【関連対象:月白】
【関連対象:紅葉】
【関連対象:澪】
そして、その下。
以前には存在しなかった記録が追加されている。
【予測対象:存在しない】
職員は眉をひそめた。
「対象が存在しない?」
隣にいた職員が画面を見る。
「それはどういう意味ですか?」
「分からない」
「記録の欠損では?」
「違う」
最初の職員は画面を拡大した。
「欠損なら、対象番号が残る」
「では?」
「最初から対象として登録されていない」
二人は黙った。
画面の下に、さらに一行が現れる。
【観測:継続】
その文字を見た二人は、同時に顔を上げた。
「……誰を観測している?」
答えは表示されなかった。
一方。
万事修理店では、そんなことを知らない二人が昼食を食べていた。
「植物園で何を食べますか?」
月白が聞く。
「弁当」
「作るんですか?」
「もちろん」
「失敗しませんか?」
「たぶん」
「たぶん?」
「失敗したら買えばいい」
月白は笑った。
「それなら安心です」
林夏は箸を置いた。
「月白」
「はい?」
「土曜日、楽しみ?」
月白は少し考えた。
そして、頷いた。
「はい」
「俺も」
それだけだった。
未来のことは決まっていない。
命軌の記録も、まだ何も分からない。
それでも。
土曜日には植物園へ行く。
それは、二人が今日、自分たちで決めたことだった。
【予定:本人による決定】
【予測:対象不明】
【観測:継続】
【次の選択:土曜日】
【未来:未確定】




