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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第十三章 第四の異常因子

午前六時。


 林夏は、床の上で目を覚ました。


「……寒い」


 最初に感じたのは、それだった。


 次に。


「……痛い」


 背中が痛かった。


 床が硬い。


 そして。


「……狭い」


 目を開ける。


 すぐ目の前に、紅葉の顔があった。


「……」


「……」


 二人とも動かなかった。


「おはよう」


 林夏が言う。


「……」


 紅葉は無言で立ち上がった。


「痛っ!」


 林夏の腹に、紅葉の膝が入った。


「何するんだよ!」


「知らない」


「今、絶対わざとだろ!」


「寝相が悪いほうが悪い」


「俺、何した?」


「知らない」


 紅葉は髪を整えながら、店の奥へ歩いていった。


 林夏は腹を押さえながら起き上がる。


「朝から理不尽だ……」


 その声を聞いて。


 月白が笑った。


「おはよう」


「月白まで笑うの?」


「うん」


「最近、二人とも俺への扱いがひどくない?」


「慣れてきたから」


「それは嬉しいような、悲しいような……」


 林夏は立ち上がった。


 店の奥を見る。


 昨日より少しだけ片付いている。


 床に散らばっていた工具も、棚に戻されていた。


 割れた窓には、板が打ち付けられている。


「これ……」


 林夏が言った。


「紅葉?」


「私」


「ありがとう」


「別に」


「月白は?」


「私は工具を整理した」


「ありがとう」


「ううん」


 三人は少しだけ顔を見合わせた。


 奇妙だった。


 昨日までなら、三人が同じ場所にいること自体があり得なかった。


 それなのに今は。


 誰が何をしたのか。


 自然に分かる。


 林夏は小さく笑った。


「じゃあ、朝飯」


「また?」


 紅葉が呆れる。


「朝飯は大事だよ」


「昨日も食べた」


「昨日は昨日」


「……」


「今日は今日」


 月白が頷いた。


「それは、そうかも」


「ほら」


 林夏が得意そうに胸を張る。


「月白は分かってる」


「別に、あなたの味方をしたわけじゃない」


「ひどい」


 そんな会話をしていたときだった。


 ――カチ。


 店の奥から音がした。


 三人が同時に振り返る。


 昨日の古い時計。


 針はまだ動いている。


 しかし。


 今度は時計の文字盤に、見たことのない線が浮かんでいた。


 一本。


 また一本。


 青白い線が、時計から外へ伸びていく。


「……命軌」


 月白が呟く。


「うん」


 紅葉が刀に手をかけた。


「昨日の記録が動いてる」


 林夏は時計に近づいた。


「これ、何を示してる?」


「分からない」


 月白は首を横に振った。


「でも、普通の命軌じゃない」


 その瞬間。


 時計の針が止まった。


 そして。


 店の中に、少女の声が響いた。


『異常因子、三名』


 三人が固まる。


『命軌未定義、一名』


『命軌逸脱、一名』


『命軌欠損、一名』


 林夏が眉をひそめる。


「……欠損?」


 音声は続いた。


『修正対象の再計算を開始します』


 紅葉が刀を抜く。


「来る」


「また?」


 林夏がため息をつく。


「朝飯くらい食べさせてくれよ」


 店の外。


 足音がした。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 しかし。


 今までの修正執行体とは違っていた。


 足音が、人間のものだった。


 ドアのない入口に。


 一人の少女が立っていた。


 年齢は、月白たちとそれほど変わらない。


 白いコート。


 長い黒髪。


 左手には、小さな金属製の端末。


 少女は三人を見た。


 その目には敵意がない。


 むしろ。


 少し困ったような表情をしていた。


「……やっぱり、ここだった」


 林夏が首を傾げる。


「誰?」


 少女は答えなかった。


 月白を見た。


 紅葉を見た。


 そして最後に。


 林夏を見た。


「三人とも、生きてる」


「それが何か?」


「ううん」


 少女は小さく首を振る。


「本来なら、もう誰もここにいないはずだから」


 紅葉が一歩前へ出る。


「あなたは誰?」


 少女は少し迷ってから答えた。


「名前は、澪」


「所属は?」


「……」


 沈黙。


「所属は?」


 もう一度、紅葉が聞く。


 少女は端末を見る。


 画面には、何度も同じ文字が表示されている。


 ――所属:未登録。


 ――命軌:欠損。


 ――修正優先度:判定不能。


「私にも、分からない」


 澪はそう言った。


 林夏が目を瞬く。


「分からない?」


「うん」


「自分が何者なのかも?」


「そう」


「それは大変だな」


 林夏は少し考えた。


「朝飯、食べる?」


 月白と紅葉が同時に振り返った。


「林夏」


「何?」


「今それ?」


「だって、お腹空いてるかもしれないだろ」


 澪はしばらく林夏を見つめていた。


 そして。


「……食べたい」


「よし」


 林夏は嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、入って」


 紅葉が頭を抱える。


「あなた、本当に警戒心がないの?」


「あるよ」


「どこに?」


「お腹」


「それは警戒心じゃない」


 月白が小さく笑った。


 澪も。


 ほんの少しだけ笑った。


 しかし。


 その瞬間だった。


 澪の端末が突然赤く点滅した。


『警告』


『第四の異常因子との接触を確認』


『三名との命軌接続を確認』


『新たな因果線を形成』


 澪の顔から笑みが消える。


「……まずい」


 林夏が聞く。


「何が?」


「あなたたちと一緒にいると」


 澪は端末を握りしめた。


「私の命軌まで、変わってしまう」


 月白が静かに言った。


「それなら……」


 澪を見る。


「あなたも、選べるんじゃない?」


 澪は答えなかった。


 ただ。


 手の中の端末を見つめていた。


 画面に表示されている文字が。


 少しずつ変わっていく。


 ――命軌:欠損。


 ――命軌:未定義。


 ――命軌:選択待ち。


 澪はその文字を見て。


 初めて。


 自分から端末の電源を切った。


 画面が暗くなる。


「……怖い」


 澪が呟いた。


 林夏は少しだけ考えた。


「うん」


「それだけ?」


「怖いなら、怖いままでいいんじゃない?」


 林夏は鍋を火にかける。


「とりあえず飯食おう」


 澪は黙って彼を見る。


 そして。


 小さく頷いた。


「……うん」


 店の外では。


 遠くから、無数の足音が近づいていた。


 命運修正機構が。


 第四の異常因子を探し始めていた。

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