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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第十二章 三人でいる理由

白澤が消えたあとも、三人はしばらくその場に立っていた。


 雨だけが、倉庫の屋根を叩いている。


 林夏が最初に口を開いた。


「……帰ろうか」


 紅葉が眉をひそめる。


「どこへ?」


「店」


「壊されたでしょう」


「修理すればいい」


「修理できる状態?」


「たぶん」


「またそれ」


 月白が小さく笑った。


 林夏は彼女を見る。


「笑った?」


「少しだけ」


「最近、よく笑うようになったな」


「……そう?」


「うん」


 月白は少し考えてから、答えた。


「あなたといると、変なことばかり起きるから」


「それ、俺のせい?」


「半分くらい」


「半分?」


 紅葉が横から言った。


「残り半分は、あなた自身の問題」


「ひどいな」


 林夏は肩を落とした。


 三人は倉庫を出た。


 雨は少し弱くなっていた。


 第七街区の通りには、人の姿がほとんどない。


 壊れた街灯が一つ。


 閉まった店がいくつか。


 水たまりに、三人の姿が映っている。


 林夏は歩きながら、ふと思い出したように言った。


「そういえば」


「何?」


 月白が聞く。


「紅葉」


「何?」


「君、どこに住んでるの?」


「……」


 紅葉が止まった。


「決めてない」


「え?」


「今まで、必要な場所を与えられていたから」


 林夏は黙った。


「じゃあ、今日からどうする?」


「分からない」


「……」


 林夏は月白を見る。


「月白は?」


「私も……」


「住む場所ない?」


「今はない」


「なるほど」


 林夏は少し考えた。


 そして。


「じゃあ、二人とも店に来ればいい」


「え?」


 月白が目を見開く。


 紅葉も驚いた。


「万事修理店?」


「うん」


「追われてるのに?」


「追われてるから」


「意味が分からない」


「一人より三人のほうが、何かあったとき楽だろ」


 紅葉が呆れた顔をする。


「あなた、自分の店がどんな状態か見た?」


「……」


「扉がない」


「修理する」


「壁も壊れてる」


「修理する」


「屋根も少し壊れてる」


「……修理する」


「人が住める状態じゃない」


「それは……」


 林夏は黙った。


 月白が笑った。


「どうするの?」


「まず修理する」


「三人で?」


「もちろん」


 紅葉はため息をついた。


「本当に変な人」


「四回目?」


「もう数えるのやめた」


 そのまま三人は歩いた。


 やがて。


 第七街区の古い通りに、見慣れた看板が見えてきた。


 ――万事修理店。


 林夏は立ち止まった。


 扉はない。


 窓は割れている。


 店内には工具が散乱している。


 壁には大きな亀裂。


「……」


「……」


「……」


 林夏は黙って店を見つめた。


 月白が小さく言う。


「大丈夫?」


「うん」


「本当に?」


「大丈夫じゃない」


「……」


「かなり悲しい」


 林夏は頭を抱えた。


「俺の店……」


 紅葉が店内に入る。


「でも、まだ使える」


「本当?」


「屋根はある」


「それ重要」


 月白も中へ入った。


 床に落ちている工具を拾う。


「これ、どこに戻せばいい?」


「そこ」


「これは?」


「その箱」


「これは?」


「それは……」


 林夏が近づく。


「壊れてる」


「修理できる?」


「もちろん」


「じゃあ、直して」


「任せて」


 林夏は工具を受け取った。


 その瞬間。


 奇妙な感覚が走った。


 手の中の工具が、微かに青く光った。


「……?」


 林夏が手を止める。


 月白も気づいた。


「今の……」


「何?」


「命軌の反応」


 紅葉も近づいてくる。


「この店そのものが、命軌に反応してる」


「店が?」


「うん」


 林夏は店内を見回した。


 古い工具。


 壊れた時計。


 修理途中の家電。


 壁に掛けられた古い看板。


 どれも普通のものに見える。


 けれど。


 店の奥。


 誰も使っていない棚の一番下に。


 一枚の古い紙が挟まっていた。


 林夏が引き抜く。


「何だこれ?」


 紙には、見たことのない文字が書かれていた。


 月白が近づく。


「読めない」


 紅葉も首を横に振る。


「私も」


 林夏は紙を裏返した。


 そこには、一行だけ。


 日本語だった。


 ――「選択された命軌は、記録されない。」


 三人は黙った。


「……どういう意味?」


 月白が聞く。


 林夏は紙を見つめた。


「分からない」


「また?」


「うん」


 林夏は紙を折りたたんだ。


「でも」


「でも?」


「これ、捨てないほうがいい気がする」


 月白が頷いた。


 紅葉も反対しなかった。


 その夜。


 三人は壊れた店の中で、簡単な夕食を作った。


 林夏が鍋を出す。


 月白が野菜を切る。


 紅葉が火を起こす。


 最初はぎこちなかった。


 けれど。


「紅葉、それ切りすぎ」


「これくらい普通」


「多い」


「食べればいい」


「月白、鍋見て」


「うん」


「焦げる」


「え?」


「……」


「ごめん」


「いや、俺も見てなかった」


 三人で顔を見合わせる。


 そして。


 笑った。


 小さな店の中に、久しぶりに普通の笑い声が響いた。


 誰も、世界を救おうとはしていない。


 誰も、運命について語っていない。


 ただ。


 三人で飯を食べている。


 その時間だけは。


 誰かに決められたものではなかった。


 夜が深くなった頃。


 月白は眠った。


 紅葉も壁にもたれて目を閉じている。


 林夏だけが、店の外に出た。


 雨は止んでいた。


 彼は空を見上げる。


「……明日は、晴れるかな」


 返事はない。


 そのとき。


 店の中から、微かな音がした。


 ――カチ。


 林夏が振り返る。


 壊れていたはずの古い時計が。


 動いていた。


 針が一つ。


 二つ。


 ゆっくり進む。


 そして。


 時計の文字盤に、今まで存在しなかった数字が浮かび上がった。


 ――零時零分。


 その瞬間。


 第七街区のすべての時計が。


 一斉に、同じ時刻を示した。


 そして遠く。


 誰もいないはずの路地で。


 一人の少女が目を開けた。


「……見つけた」


 少女の手には。


 三人の命軌が描かれた、一枚の古い記録があった。


 その紙の一番下には。


 こう書かれていた。


 ――第四の異常因子、発見。


 少女は静かに笑った。

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