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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第十一章 守ることと、決めること

止まっていた雨が、一斉に落ちた。


 バシャッ――。


 無数の雨粒が地面を叩く。


 けれど。


 林夏には、それより先に気づいたことがあった。


 音がない。


 雨は降っている。


 風も吹いている。


 それなのに、周囲から一切の音が消えていた。


「……何これ」


 林夏が呟く。


 月白は答えなかった。


 ただ、白澤を見ている。


 紅葉は刃を構えたまま、一歩も動かない。


「動かないで」


 紅葉が言った。


「どうして?」


「今、ここにある命軌が全部固定されている」


「固定されると?」


「選択できなくなる」


 林夏の顔から、笑顔が消えた。


「……それは、まずいな」


 白澤がゆっくり歩いてくる。


 足元の水たまりには、彼の姿だけが映っていた。


「月白」


 優しい声だった。


「こちらへ来て」


「嫌」


「君は今、混乱している」


「していない」


「なら、なぜ彼らと一緒にいる?」


 月白は答えた。


「私が選んだから」


「それは選択ではない」


 白澤は静かに言った。


「異常な命軌によって、判断を乱されているだけだ」


 林夏が眉をひそめる。


「それ、本人に聞いてみたら?」


 白澤が林夏を見る。


「君は黙っていてくれ」


「嫌だ」


「君には関係ない」


「さっきから、それよく聞くな」


 林夏は一歩前に出た。


「本人に関係あることを、本人以外が決めてるほうが変じゃない?」


 白澤の目が細くなる。


「君は何も知らない」


「うん」


「月白の命軌も知らない」


「うん」


「彼女がどれほど危険な存在なのかも知らない」


「それも、まあ、知らない」


「なら――」


「でも」


 林夏が遮った。


「帰りたくないって言ったのは、月白本人だろ」


 白澤は黙った。


 月白が林夏を見る。


 その目に、ほんの少しだけ驚きが浮かんでいた。


「……林夏」


「ん?」


「あなたは、どうしてそこまで私のことに口を出すの?」


 林夏は少し考えた。


「分からない」


「また?」


「うん」


 林夏は苦笑した。


「でも、聞いた以上は無視できないだろ」


 月白は黙った。


 白澤が小さく息を吐く。


「優しいね」


 林夏を見る。


「だが、それは優しさではない」


「そうなの?」


「責任を取れない者が、他人の人生に介入しているだけだ」


 林夏は少し考えた。


「それは……そうかもしれない」


 月白が目を見開く。


 白澤も少し驚いたようだった。


 林夏は続けた。


「だから、月白が自分で決めればいい」


「……」


「俺がどう思うかじゃなくて」


 林夏は月白を見る。


「君がどうしたいか」


 月白の唇が、わずかに震えた。


 白澤が言う。


「月白」


 彼女は振り返った。


「僕は君を守りたい」


「……分かってる」


「なら、戻ってきて」


「嫌」


「なぜ?」


「あなたのそばにいると、私は自分で何も決められないから」


 白澤の表情が止まった。


 月白は続ける。


「あなたは、いつも私のためだと言った」


「……」


「私が傷つかないように」


「そうだ」


「私が死なないように」


「そうだ」


「私が間違えないように」


「そうだ」


 月白は、ゆっくり首を横に振った。


「でも」


 一歩。


 白澤から離れる。


「それは、私の人生じゃない」


 雨の音だけが戻ってきた。


 白澤は何も言わなかった。


 紅葉が小さく息を吐く。


 林夏は、ただ月白を見ていた。


 そのとき。


 白澤の手元に、白い光が集まった。


 紅葉が刃を構える。


「来る!」


 光が一瞬で広がった。


 倉庫の壁が震える。


 林夏が月白を引き寄せた。


「伏せて!」


 轟音。


 床が割れた。


 紅葉が飛び出し、白澤の攻撃を刃で受け止める。


 ガンッ!


「……重い!」


「紅葉!」


 月白が叫ぶ。


「大丈夫!」


 紅葉は歯を食いしばる。


 白澤は表情を変えない。


「君まで、なぜ邪魔をする?」


「私も……」


 紅葉が刃を押し返す。


「自分で決めたいから!」


 白澤の目がわずかに動く。


 林夏はその隙を見た。


「今!」


 月白が青い光を放つ。


 白澤の足元に命軌の線が走る。


 紅葉が刃を振る。


 林夏は床に落ちていた鉄パイプを拾い、白澤の腕を叩いた。


 ――ガンッ!


「……!」


 白澤が初めて後ろへ下がった。


 林夏自身も驚いた。


「効いた?」


 紅葉が言う。


「たぶん」


「またそれ?」


「便利だから」


 月白が思わず笑った。


 白澤は三人を見つめた。


 そして。


 ほんの少しだけ笑った。


「なるほど」


 その声には怒りがなかった。


 むしろ、何かを理解したような静けさがあった。


「三人とも、自分で選ぶつもりなんだね」


 白澤の背後に、巨大な命軌が浮かび上がる。


「なら、僕も選ぶ」


 空間が歪んだ。


 白い光が一気に膨れ上がる。


「今日は、君たちを殺さない」


 月白が驚く。


「……え?」


「まだ早い」


 白澤は背を向けた。


「君が自分で選んだ答えを、もう少し見てみたい」


 林夏が叫ぶ。


「待て!」


 白澤は振り返らない。


「林夏」


「何?」


「君が思っているほど、命運修正機構は単純じゃない」


 白い光が彼の身体を包む。


「そして、月白」


 最後に。


「君が選んだ未来が、本当に君自身の未来なのか――」


 白澤の姿が消える。


 光が消えた。


 雨だけが残る。


 三人はしばらく動かなかった。


 やがて。


 林夏が口を開く。


「……あの人、帰った?」


「うん」


「殺さないでくれて助かった」


 紅葉が林夏を見る。


「あなた、今の状況分かってる?」


「分かってるよ」


「本当に?」


「うん」


 林夏は月白を見る。


「ただ」


「何?」


「月白」


 彼女が顔を上げる。


「君は、どうしたい?」


 月白は答えなかった。


 長い沈黙のあと。


 小さく笑った。


「……分からない」


「そっか」


 林夏も笑った。


「じゃあ、明日考えよう」


 月白は、今度は笑いながら頷いた。


「うん」


 その隣で。


 紅葉も空を見上げた。


 雨はまだ降っている。


 けれど。


 三人の命軌は、もう元には戻らなかった。

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