↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

120/350

第120章 決めたことを、変えてもいい

翌朝。


月白は、いつもより早く目を覚ました。


昨夜見つけた記録のことが、頭から離れなかった。


【命軌変更履歴:存在】


【変更理由:本人による選択】


あの記録は、自分が過去に何かを選んだことを示している。


けれど、それ以上は分からない。


誰かに助けられたのか。


誰かを選んだのか。


何かから逃げたのか。


あるいは、何かを捨てたのか。


分からない。


だからこそ、知りたかった。


月白は服を着替え、万事修理店へ向かった。


⸻


店に着くと、林夏はまだシャッターを半分しか開けていなかった。


「おはよう」


「おはようございます」


月白が入ってくる。


林夏は彼女の顔を見た。


「早いな」


「昨日のことを調べようと思って」


「そうか」


林夏はそれ以上、何も言わなかった。


「林夏さんは?」


「朝飯を作る」


「調べるのを手伝ってくれますか?」


「手伝う」


「止めませんか?」


「止めたいとは思う」


「でも?」


「でも、昨日言っただろ」


林夏は鍋を火にかけた。


「最後に決めるのは月白だ」


月白は少し笑った。


「ありがとうございます」


「ただし」


「はい?」


「朝飯は食べてから」


「……やっぱり、それですか」


「空腹で命軌を調べるのは危険だ」


「どうしてですか?」


「腹が減ってると、ろくな判断をしない」


月白は笑った。


「それは林夏さんだけでは?」


「俺は人類代表だ」


「違います」


二人は笑った。


⸻


朝食を終えたあと、月白は端末を机の上に置いた。


昨夜の記録を開く。


しかし、何度操作しても同じ表示しか出ない。


【この記録は、本人の選択によってのみ再表示されます】


「本人の選択……」


月白はつぶやいた。


「どういう意味だと思う?」


林夏は端末を覗き込んだ。


「文字通りじゃないか?」


「私が何かを選べば、記録が出てくる」


「たぶん」


「何を選ぶんでしょう」


「そこまでは分からない」


月白はしばらく考えた。


そして、端末を閉じた。


「では、今日は調べるのをやめます」


林夏が顔を上げた。


「いいのか?」


「はい」


「昨日は調べたいって言ってたのに」


「今も調べたいです」


月白は窓の外を見た。


「でも、今は何を選べばいいのか分からないので」


「なるほど」


「分からないまま、適当に選びたくありません」


林夏は少し笑った。


「それも、選択だな」


「はい」


月白も笑った。


「今日は、調べないことを選びます」


その瞬間だった。


机の上の端末が、小さく音を立てた。


二人が振り返る。


画面には新しい表示が出ていた。


【本人による選択を確認】


その下に、昨日は表示されなかった記録が一行だけ現れる。


【変更履歴:第一選択】


月白は息を呑んだ。


「……これが?」


林夏も画面を見る。


「どうやらな」


「調べないことを選んだだけなのに」


「それも選択だったんだろ」


月白はしばらく画面を見つめた。


そして、続きを開こうとした。


しかし、今度は表示されなかった。


「また閉じました」


「今日はここまでなんじゃないか?」


「そうかもしれません」


月白は端末をしまった。


不思議だった。


知りたい。


でも、知るために何かを無理やり選びたいわけではない。


昨日までは、記録を開くことが「選ぶこと」だと思っていた。


けれど違った。


何もしないことも。


待つことも。


やめることも。


全部、自分で決めることができる。


⸻


昼前。


紅葉が店にやってきた。


「何か見つかった?」


「少しだけ」


月白が答える。


紅葉は端末を見る。


「命軌の変更履歴?」


「うん」


「どうやって出したの?」


月白は少し考えた。


「調べないことを選びました」


紅葉は目を丸くした。


「それで?」


「出ました」


「変なシステム」


「そうですね」


紅葉は笑った。


「でも、少し分かる気がする」


「どうして?」


「昔の私は、何かを決めるのが怖かったから」


紅葉は椅子に座った。


「誰かに決めてもらえば、失敗したときに自分だけの責任じゃなくなるから」


月白は黙って聞いていた。


「でも、今は違う」


「七番さんと話して、そう思ったんですか?」


「それもある」


紅葉は窓の外を見た。


「昔の関係に戻るかどうかも、自分で決める」


「どうするんですか?」


「まだ決めてない」


月白は笑った。


「紅葉さんらしいですね」


「そう?」


「はい」


紅葉は少しだけ考えた。


「でも、七番とはまた会うよ」


「どうして?」


「昨日、一緒に歩いて楽しかったから」


それだけだった。


大きな理由もない。


過去の記録も関係ない。


ただ、もう一度会いたいと思った。


それで十分だった。


⸻


午後。


林夏は壊れた時計を修理していた。


澪の祖父の腕時計だった。


「動いた」


秒針が静かに動き始める。


月白が横から覗き込む。


「直りましたね」


「時計はな」


「人間は?」


林夏は少し考えた。


「人間は、自分で直るしかない」


「林夏さんでも?」


「俺には無理」


月白は笑った。


「そういうところ、好きです」


林夏の手が止まった。


「急に言うなよ」


「言いたくなったので」


「そういうのも選択か?」


「はい」


月白は頷いた。


「今、言うことを自分で選びました」


林夏は少し照れながら、時計を箱に戻した。


「じゃあ、俺も一つ選ぶ」


「何を?」


「今日の夕飯」


「何にしますか?」


「カレー」


「昨日、鍋って言ってませんでした?」


「予定変更」


月白は笑った。


「ずいぶん簡単な変更ですね」


「人間の選択なんて、案外そんなものだろ」


⸻


夕方。


澪が時計を受け取りに来た。


「ありがとうございました」


「ちゃんと動いてるぞ」


澪が時計を見る。


秒針は、以前と同じように動いている。


「祖父が大切にしていたものなので」


「なら、長く使え」


「はい」


澪は時計をしまった。


そして、少し迷ってから言った。


「この前、真琴さんと会いました」


「うん」


「また会うことになりました」


月白が微笑む。


「よかったですね」


「はい」


澪は少しだけ照れた。


「まだ、どうなるか分かりませんけど」


「それでいいと思います」


月白が言った。


「分からないままでも、次に会うことはできますから」


澪はその言葉を聞いて、静かに笑った。


「そうですね」


店を出る前、澪は振り返った。


「次は、私から誘ってみようと思います」


「いいですね」


月白が答えた。


「自分で決めたことなら」


澪は頷き、店を出ていった。


⸻


夜。


林夏がカレーを盛り付ける。


月白はテーブルに皿を並べた。


「今日は、いろいろありましたね」


「そうだな」


「命軌のことも」


「うん」


「紅葉さんのことも」


「うん」


「澪さんのことも」


「うん」


月白は椅子に座った。


「でも、全部まだ決まっていません」


「だからいいんじゃないか?」


林夏は向かいに座った。


「決まってないなら、また決められる」


月白はカレーを一口食べた。


「おいしいです」


「だろ?」


「少し辛いですけど」


「そこもいいだろ」


月白は笑った。


「林夏さんは、本当に自信がありますね」


「料理だけはな」


二人は静かに食事を続けた。


窓の外では、街の明かりが揺れている。


命軌が何を決めるのか。


過去に何があったのか。


これから誰と誰が出会い、離れ、また近づくのか。


まだ何も分からない。


けれど、一つだけ確かなことがある。


一度決めたことでも、もう一度選び直すことはできる。


そして、選び直したからといって、最初の選択が間違いだったとは限らない。


そのときの自分が、そのときの自分として選んだ。


それだけでいい。


机の上の端末が、最後に一度だけ光った。


【第一選択:確認】


【変更:可能】


【固定:なし】


そして、その下に新しい一行が現れた。


【次の選択:本人による】


月白は画面を見た。


林夏も見た。


二人は何も言わなかった。


今夜は、これ以上調べない。


それもまた、自分たちで選んだことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。