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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第116章 私から誘う

翌朝。


林夏が店を開けると、月白はまだ来ていなかった。


いつもなら、そろそろ来る時間だった。


林夏は時計を見る。


「……今日は遅いな」


それ以上は考えなかった。


湯を沸かす。


二つの茶碗を並べる。


味噌汁を温める。


そして、しばらく待った。


十分。


二十分。


三十分。


それでも来ない。


林夏はスマートフォンを手に取った。


連絡しようとして、指を止める。


昨日の夜、月白は何も言っていない。


具合が悪いのかもしれない。


用事があるのかもしれない。


ただ寝坊しただけかもしれない。


分からない。


だから、勝手に決めない。


林夏はスマートフォンを置いた。


「……まあ、来たら一緒に食べればいいか」


そう呟いたところで、店の扉が開いた。


「遅くなりました」


月白だった。


少し息を切らしている。


「おはよう」


「おはようございます」


「どうした?」


「寝坊しました」


林夏は笑った。


「珍しいな」


「昨日、少し遅くまで本を読んでいたので」


「恋愛小説?」


「はい」


「面白かった?」


「まだ途中です」


月白は椅子に座った。


そして、二つの茶碗を見る。


「……待っていてくれたんですか?」


「うん」


「先に食べてもよかったのに」


「二人分作ったから」


月白は少し黙った。


それから、箸を取った。


「いただきます」


「いただきます」


二人で朝ご飯を食べた。


遅くなったこと以外は、いつもと同じ朝だった。


けれど月白は、何度か林夏を見た。


「どうした?」


「いえ」


「何かある?」


「……昨日のことを考えていました」


「昨日?」


「また行きたいと言ったこと」


「ああ」


「次は私が決めるって」


「うん」


月白は少しだけ笑った。


「決めました」


林夏が顔を上げる。


「どこ?」


「まだ秘密です」


「おお」


「楽しみにしていてください」


「分かった」


月白は嬉しそうだった。


***


昼過ぎ。


紅葉が店に入ってきた。


「月白、いる?」


「いますよ」


「ちょっと聞きたいことがある」


紅葉は月白の前に座った。


「昨日、どこ行ってたの?」


「少し遠くまで」


「二人で?」


「はい」


紅葉は林夏を見る。


「へえ」


「何?」


「別に」


「その顔、何かあるだろ」


「何もないって」


紅葉は笑った。


月白も少し笑う。


「次は私が誘うことにしました」


「それはいいじゃん」


紅葉は頷いた。


「誘う側になるのも大事だから」


月白はその言葉を聞いて、少し考えた。


「……そうですね」


以前なら、林夏に誘われるのを待っていた。


林夏が決めた場所についていく。


林夏が何かを提案する。


自分は、それに答える。


それが嫌だったわけではない。


ただ、それだけではなかった。


自分から、


「ここへ行きたい」


と言うこと。


自分から、


「会いたい」


と言うこと。


それもまた、自分で選ぶということだった。


「紅葉」


「何?」


「誰かを誘うって、少し勇気がいりますね」


紅葉は笑った。


「うん」


「七番も?」


「……あいつ?」


紅葉は少し考えた。


「まだ、分からない」


「そうですか」


「でも」


紅葉は続けた。


「前よりは、聞いてみたいと思う」


月白は頷いた。


「それなら十分だと思います」


「そうね」


***


夕方。


七番が店に来た。


紅葉が彼を見る。


「遅かったね」


「少し調べてた」


「何か分かった?」


「一つだけ」


七番は古い記録を机に置いた。


そこには、


【関係形成】


【予測精度低下】


【対象間の選択を確認】


と書かれていた。


紅葉が眉を寄せる。


「またこれ?」


「でも、今回は続きがある」


七番がページをめくる。


その下には、


【対象が自ら接触を継続する場合】


【予測モデルを再構成】


とあった。


紅葉は黙った。


「再構成?」


「うん」


「つまり、関係が変わるたびに、システムも予測を作り直していた?」


「最初は、そうだったんだと思う」


「最初は?」


七番は頷く。


「後の記録には、この一文が追加されてる」


紙の下部。


そこには、


【予測モデルの再構成を不要とする】


と書かれていた。


紅葉の表情が変わった。


「……変わらない人間を作ったほうが、簡単だから?」


「たぶん」


「それで固定化した」


「そう考えると繋がる」


紅葉は記録を見つめた。


「でも」


「うん?」


「人間のほうを変えるのと、予測モデルを変えるのとでは、どっちが簡単なんだろうね」


七番は答えなかった。


しばらくして、


「たぶん、前者だと思ったんだろう」


とだけ言った。


紅葉は記録を閉じた。


「なら、間違いだったことを証明する必要はない」


「え?」


「ただ、自分たちがどうするか決めればいい」


七番は少し笑った。


「紅葉らしくなったな」


「何それ」


「前より強くなった」


「そういう言い方、嫌い」


「ごめん」


「でも」


紅葉は少し笑った。


「悪くない」


***


夜。


店を閉める時間になった。


月白はまだ帰ろうとしなかった。


「どうした?」


林夏が聞く。


「……少し考えていました」


「何を?」


「明日のこと」


「また?」


「はい」


月白は少し緊張したように林夏を見る。


「明日」


一度、言葉を止める。


「私と出かけませんか?」


林夏は笑った。


「もちろん」


「どこへ行くかは、まだ言いません」


「分かった」


「質問もしないでください」


「了解」


「途中で嫌になったら?」


「その時は言う」


「私が嫌になったら?」


「それも言って」


月白は少し笑った。


「はい」


店の外へ出る。


今日は月白が先に歩いた。


林夏がその後ろをついていく。


少し歩いてから、月白が振り返る。


「林夏」


「ん?」


「明日、楽しみにしていてください」


「うん」


「私も楽しみです」


月白はそう言って、今度は自分から林夏の手を取った。


誰かに言われたわけではない。


昨日そうしたからでもない。


ただ、今、そうしたかった。


林夏も握り返す。


二人はそのまま歩いた。


明日どこへ行くのか。


何をするのか。


まだ誰も知らない。


それでよかった。


明日のことは、明日決めればいい。


けれど。


明日、会うことだけは。


二人が自分で選んだ。


【次の予定:本人による提案】


【関係:継続】


【明日:選択予定】

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