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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第115章 少しだけ遠くへ

朝。


月白は、いつもより少しだけ遅れて店に来た。


林夏はちょうど湯を沸かしていた。


「おはよう」


「おはようございます」


「今日は遅かったな」


「少し迷いました」


「道?」


「いえ」


月白は店の中へ入りながら答えた。


「今日は、どこへ行こうかと思って」


林夏は振り返った。


「本屋じゃないの?」


「昨日、決めたでしょう?」


「そうだった」


「でも」


月白は少し考えた。


「今日は、少し遠くへ行ってみたいです」


林夏は一瞬だけ驚いた。


「遠く?」


「はい」


「どこまで?」


「分かりません」


「いいね」


林夏はすぐに笑った。


「じゃあ、今日は目的地なし」


「それで大丈夫ですか?」


「大丈夫」


「林夏は、本当にそういうのが好きですね」


「目的地が決まってないほうが、途中で何か見つかるから」


月白は少し笑った。


「では、行きましょう」


***


二人は電車に乗った。


行き先は決めていない。


ただ、いつも使っている駅とは反対方向の電車に乗った。


車窓の景色が少しずつ変わっていく。


建物が減る。


川が見える。


遠くに低い山が見えた。


月白は窓の外を眺めていた。


「こういうの、久しぶりです」


「電車?」


「目的を決めずに乗ること」


林夏は笑った。


「俺はよくやる」


「一人で?」


「うん」


「怖くないですか?」


「何が?」


「知らない場所へ行くこと」


林夏は少し考えた。


「迷ったら戻ればいい」


「……簡単ですね」


「人生もだいたいそんな感じじゃない?」


月白は林夏を見る。


「そうでしょうか」


「たぶん」


「また、たぶんです」


「全部分かってる人間なんて、逆に怖いだろ」


月白は笑った。


「それはそうですね」


電車は知らない駅に止まった。


林夏が立ち上がる。


「降りる?」


月白は窓の外を見た。


小さな商店街が見える。


「……はい」


二人は降りた。


***


駅を出ると、静かな商店街があった。


大きな店はない。


古い喫茶店。


小さな本屋。


花屋。


そして、昔ながらの食堂。


林夏が食堂を見つける。


「昼飯」


「まだ十時です」


「じゃあ早めの昼飯」


「早すぎます」


「じゃあ下見」


月白は笑った。


二人は商店街を歩いた。


小さな本屋の前で月白が立ち止まる。


「入ってもいいですか?」


「もちろん」


店内には古い本が並んでいた。


月白は一冊ずつ眺めていく。


林夏はその横で、棚の端に置かれていた古い雑誌を手に取った。


「これ、懐かしい」


「知ってるんですか?」


「昔読んだことがある」


「林夏にも子供の頃があったんですね」


「俺を何だと思ってる?」


「ずっと今のままだと思ってました」


「失礼だな」


月白が笑う。


そして、一冊の本を手に取った。


恋愛小説だった。


「また恋愛小説?」


「はい」


「好きなんだな」


「最近、少し」


月白は表紙を見ながら言った。


「前は、恋愛というものも、誰かが決めた形で考えていました」


「今は?」


「分かりません」


「いいじゃん」


「でも、分からないまま読むのも、少し面白いです」


林夏は頷いた。


「じゃあ、それ買おう」


「林夏は?」


「俺はこれ」


林夏が持ってきたのは、料理の本だった。


月白が吹き出した。


「恋愛小説と料理の本」


「完璧な組み合わせだろ」


「どういう意味ですか?」


「分からない」


二人は顔を見合わせて笑った。


***


午後。


商店街の外れに小さな公園があった。


二人はベンチに座って、買った本を眺めていた。


風が吹く。


月白の髪が揺れる。


「林夏」


「ん?」


「こうしていると」


月白は少し間を置いた。


「何かを決めなくてもいい気がします」


「うん」


「この人とどういう関係なのか」


「うん」


「明日どうするのか」


「うん」


「この先、どこへ行くのか」


林夏は空を見上げた。


「分からなくてもいいんじゃない?」


月白は黙った。


「ただ」


林夏は続けた。


「今日、一緒にいて楽しかったかどうかは、自分で分かる」


月白は林夏を見る。


「……楽しいです」


「俺も」


「それだけでいい?」


「今日は、それでいい」


月白は小さく笑った。


「じゃあ、今日はこれでいいです」


二人はしばらく黙っていた。


その沈黙は、不思議と気まずくなかった。


***


その頃。


紅葉と七番は、古い資料室で記録を整理していた。


七番が一枚の紙を持ち上げる。


「ここ」


紅葉が近づく。


「何?」


「例外対象の記録」


「前に見つけたやつ?」


「違う」


七番は紙を広げた。


そこには、


【中心対象】


その下に、


【観測継続】


そしてさらに、


【関係形成に伴う予測誤差:増加】


と記されていた。


紅葉は眉を寄せた。


「関係が増えるほど、予測できなくなった?」


「そう」


「じゃあ、固定した理由は……」


「予測できなくなるのが怖かったからかもしれない」


紅葉は黙った。


しばらくして、


「でも」


と言った。


「予測できないことが、悪いことだとは限らないよね」


七番は彼女を見る。


「うん」


「人間が変わるなら、予測できないのが普通だから」


七番は少し笑った。


「それを認められなくなったんだろうな」


「誰が?」


「機構を作った人たち」


紅葉は記録を見つめる。


「じゃあ、中心対象って」


七番は答えなかった。


まだ、名前は書かれていない。


だから、二人は決めつけなかった。


***


夕方。


帰りの電車の中。


月白は窓際に座っていた。


林夏は隣にいる。


「今日は楽しかったです」


「俺も」


「また来たいです」


「じゃあ、また来よう」


月白は少し考えた。


「次は、私が場所を決めます」


「いいよ」


「林夏は?」


「俺はついていく」


「本当に?」


「うん」


月白は少し笑った。


「では、次は私が決めます」


「楽しみにしてる」


電車が揺れる。


月白の肩が林夏の肩に触れた。


離れようとした月白を、林夏が止めた。


「そのままでいいよ」


月白は少し驚いた。


それから、ゆっくり肩を預けた。


「……ありがとうございます」


「何で礼を言うんだ?」


「分かりません」


「じゃあ、俺も分からない」


二人はそのまま帰った。


目的地のない一日だった。


何か大きなことをしたわけでもない。


ただ、知らない駅で降りて。


本屋に入って。


公園に座って。


一緒に帰った。


それだけだった。


けれど月白にとっては、それが大切だった。


誰かが決めた未来ではない。


誰かに用意された関係でもない。


自分で、


「今日は、この人といたい」


そう思った一日だった。


夜。


店に戻ると、林夏が二つの茶碗を棚から出した。


「夕飯、どうする?」


月白は少し笑った。


「ラーメン」


「やっぱり?」


「今日は私が決めました」


「じゃあ決まり」


二人は店を出た。


昨日と同じ道ではない。


明日も同じ道を歩くとは限らない。


それでも。


今日、二人は一緒に歩いている。


それで十分だった。


【今日の選択:同行】


【関係:継続】


【明日の選択:未定義】

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