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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第114章 同じ朝

翌朝。


林夏はいつもより少し早く目を覚ました。


理由は特にない。


ただ、昨日の夜に月白と話したことを思い出していた。


朝ご飯。


二つの茶碗。


明日も来るという約束。


「……腹減った」


結局、最初に考えたのはそれだった。


林夏は店を開ける前に、二人分のご飯を炊いた。


しばらくして。


店の扉を軽く叩く音がした。


「おはようございます」


月白だった。


「おはよう」


「もう開いてると思いました」


「今日は朝飯を作ってた」


月白が店の奥を見る。


二つの茶碗が並んでいる。


「本当に用意したんですね」


「約束したからな」


月白は少し笑った。


「ありがとうございます」


「礼を言うほどじゃない」


二人は向かい合って座った。


炊きたてのご飯。


簡単な味噌汁。


卵焼き。


それだけだった。


月白は一口食べる。


「おいしいです」


「本当?」


「はい」


「じゃあ明日も作る」


月白は少し考えた。


「明日も食べたいです」


「じゃあ作る」


「明後日は?」


「……それは明後日に決めよう」


月白が笑った。


「そうですね」


二人は朝ご飯を食べ続けた。


昨日と大きく変わったことはない。


けれど、二人の間には一つだけ新しいものがあった。


「明日も」という言葉を、以前より自然に使えるようになっていた。


***


昼過ぎ。


紅葉が一人で店にやって来た。


「七番は?」


林夏が聞く。


「別の場所を調べてる」


「なるほど」


紅葉はカウンターに座った。


月白が茶を出す。


「ありがとう」


「どういたしまして」


紅葉は茶を一口飲んだ。


「最近、二人とも変わったね」


月白が首を傾げる。


「そうですか?」


「うん」


紅葉は林夏を見る。


「前は、月白が何か決めるたびに、どこかで確認してたでしょう」


月白は少し黙った。


確かにそうだった。


正しいのか。


間違っていないか。


誰かに許可されているのか。


いつも、どこかで考えていた。


「今は?」


月白が聞く。


紅葉は笑った。


「今は、決めたあとに笑ってる」


月白も笑った。


「……そうかもしれません」


林夏は二人を見ながら言った。


「じゃあ成長したな」


「林夏に言われると、なんか腹が立つ」


「なんで?」


「分かりません」


「理不尽だ」


三人で笑った。


その時、店の扉が開いた。


一人の少年が入ってくる。


以前、壊れた自転車を持ってきた客だった。


「こんにちは」


「お、久しぶり」


少年は林夏の前に小さな箱を置いた。


「これ、直せますか?」


「何?」


箱を開ける。


中には、小さな青い鳥のキーホルダーが入っていた。


林夏が少年を見る。


「これ、前にも見たな」


少年は少し照れながら答えた。


「友達からもらったんです」


「また?」


「はい」


紅葉が笑う。


「まだ付き合ってないの?」


少年の顔が真っ赤になる。


「……分かりません」


月白が優しく言った。


「分からなくてもいいと思います」


少年が顔を上げる。


「そうですか?」


「はい」


「でも、みんな聞いてくるんです」


「付き合ってるのかって?」


「はい」


月白は少し考えた。


「それなら、自分たちがどうしたいかだけ考えればいいと思います」


少年は青い鳥を見る。


「……また一緒に帰りたいです」


「じゃあ、それでいいんじゃない?」


林夏が言った。


少年は少し笑った。


「はい」


キーホルダーを預けて、帰っていった。


紅葉が少年の背中を見ながら言った。


「なんか、昔の私たちみたい」


「そう?」


月白が聞く。


「分からないものを、無理に名前にしようとしてた頃」


紅葉は少し笑った。


「名前をつけたら安心できると思ってた」


月白は黙って聞いていた。


林夏が言う。


「名前がなくても、そこにあるものはあるけどな」


「そうね」


紅葉は頷いた。


***


夕方。


七番が戻ってきた。


手には一冊の古い記録帳がある。


「見つかった」


紅葉が立ち上がる。


「何?」


七番は記録帳を開いた。


「初期の観測記録」


月白も近づいた。


ページには、いくつもの関係が記録されている。


【接触】


【継続】


【変更】


【再接触】


そして、その横には短い文章があった。


【関係は変化する】


【変化後も観測を継続】


紅葉は息を止めた。


「やっぱり……」


「うん」


七番は次のページをめくる。


そこには、別の記述があった。


【予測精度向上のため、関係の固定化を開始】


その下には、


【固定後の変更を抑制】


と書かれている。


月白が静かに言った。


「最初から、固定するつもりだったわけじゃない」


「たぶん」


七番が答える。


「観測していたら、予測できるようになった」


紅葉が続ける。


「予測できるようになったから、今度は外したくなくなった」


誰も何も言わなかった。


林夏は記録帳を見ながら、ぽつりと言った。


「未来を当てることが目的だったのか」


「そうかもしれない」


七番が答える。


「でも、未来を当てるために人間の行動を変え始めたら」


月白が言った。


「それはもう、未来を観測しているとは言えない」


七番は頷いた。


「そう思う」


紅葉は記録帳を閉じた。


「じゃあ、次はそこを調べよう」


「うん」


「いつから、観測が干渉に変わったのか」


七番は頷いた。


けれど、その時。


記録帳の最後のページに、小さな文字があることに気づいた。


【例外対象】


その下には、名前がなかった。


ただ一つ。


【中心対象】


とだけ書かれていた。


七番の手が止まる。


紅葉が見る。


「どうしたの?」


七番はページを閉じた。


「……まだ分からない」


紅葉は七番を見た。


「なら、調べよう」


「うん」


今度は、七番も隠さなかった。


「一緒に」


紅葉は頷いた。


***


夜。


林夏は店の戸締まりをしていた。


月白が隣にいる。


「今日は、いろいろありましたね」


「うん」


「明日は?」


「本屋」


「その後は?」


林夏は少し考えた。


「ラーメン」


月白が笑う。


「やっぱり」


「大事だからな」


「では、その次は?」


「その次は……」


林夏は空を見上げた。


「その時に決めよう」


月白も空を見る。


「はい」


二人は並んで歩き出した。


手はつないでいない。


今日は、それでよかった。


昨日はつないだ。


今日はつながない。


それだけの違いだった。


月白は少し歩いてから言った。


「林夏」


「ん?」


「こういうのも、いいですね」


「何が?」


「昨日と同じじゃなくてもいいこと」


林夏は笑った。


「うん」


そして二人は、そのまま歩いた。


同じ道。


同じ街。


同じ夜。


でも、昨日とは少し違う二人だった。


【関係:継続】


【選択:日々更新】


【固定:なし】

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