第113章 選び直す日
朝。
万事修理店の前で、林夏は段ボール箱を抱えていた。
「重い……」
「昨日、自分で注文したんですよね?」
隣で月白が箱を見ている。
「そうだけど」
「何を買ったんですか?」
「食器」
「食器?」
「二人分」
月白は少し黙った。
「……二人分」
「うん」
「どうして?」
林夏は少し考えてから答えた。
「一人分だけ買うより、二人分あったほうが便利だから」
月白は笑った。
「林夏らしいですね」
「褒めてる?」
「たぶん」
「たぶんか」
二人で箱を店の中へ運ぶ。
中には、白い皿が二枚。
小さな茶碗が二つ。
それから、箸が二膳入っていた。
月白は一つずつ取り出していく。
「これ、かわいいですね」
「猫だからな」
「林夏、猫が好きなんですか?」
「普通」
「普通?」
「猫は好きだけど、猫よりラーメンのほうが好き」
「比較するものじゃないと思います」
月白は笑いながら、二つの茶碗を並べた。
同じ形。
同じ色。
けれど、ほんの少しだけ模様が違う。
「こっち、私が使ってもいいですか?」
「もちろん」
月白は自分の茶碗を手に取った。
そして、少し考えてから、
「じゃあ、林夏はこっち」
と、もう一つを渡した。
「これで決まり?」
「はい」
「じゃあ、明日の朝はこれでご飯を食べよう」
「……明日?」
「うん」
月白は小さく笑った。
「はい」
***
昼。
一人の女性が店に入ってきた。
手には古い写真立てがある。
「これ、直せますか?」
林夏が受け取る。
木製の枠が割れていた。
「直せますよ」
女性は安心したように息を吐いた。
「よかった……」
月白が写真を見る。
中には、若い男女が写っていた。
「ご両親ですか?」
「はい」
女性は少し迷ってから言った。
「昨日、父と喧嘩したんです」
林夏は写真立てを確認しながら聞いた。
「大丈夫?」
「たぶん」
「たぶん?」
「父が、私の結婚相手について勝手に決めようとしていて」
月白が顔を上げる。
「それは……」
女性は苦笑した。
「もう子供じゃないって言ってるんですけど、聞いてくれなくて」
「それで喧嘩した?」
「はい」
林夏は写真立てを机に置いた。
「じゃあ、これを直したら渡す」
「はい」
「でも」
女性が見る。
「写真立てが直っても、お父さんとの喧嘩は直らないと思う」
女性は少し笑った。
「分かってます」
「じゃあ大丈夫」
「何がですか?」
「自分で話せるなら」
林夏は工具を取った。
「まだ終わってないから」
女性はしばらく林夏を見ていた。
やがて、
「……そうですね」
と頷いた。
月白はそのやり取りを黙って見ていた。
***
夕方。
紅葉と七番が店に来た。
紅葉は資料を一枚、机に置いた。
「少し分かった」
林夏が顔を上げる。
「何が?」
「命運修正機構のこと」
月白も本を閉じた。
紅葉は資料を指差す。
「昔の記録には、関係が変わった後も観測を続けた記録がある」
「うん」
「でも、後の記録になると、『変更を抑制する』という記述が増えてる」
七番が続けた。
「予測精度を上げるために、関係そのものを維持しようとしたらしい」
林夏は少し考えた。
「つまり」
「最初から人を縛るための仕組みだったとは限らない」
紅葉が言う。
「そう」
月白が資料を見る。
「最初は、ただ見ていた?」
「たぶん」
七番が答える。
「でも、予測できることが増えるほど、予測を外したくなくなった」
林夏は腕を組んだ。
「それで、人間のほうを変えようとした」
誰も答えなかった。
その沈黙が答えのようだった。
紅葉は資料をしまった。
「まだ推測だけどね」
「じゃあ、また調べればいい」
林夏はあっさり言った。
「うん」
紅葉が笑う。
「そうする」
その時、月白が言った。
「でも」
全員が彼女を見る。
「たとえ仕組みが何だったとしても」
月白はゆっくり続けた。
「今、私がどうするかは、私が決めます」
紅葉が頷いた。
「私も」
七番も、
「俺も」
と続けた。
林夏は満足そうに笑った。
「じゃあ問題ないな」
「何が?」
紅葉が聞く。
「全員、自分で決めてる」
「それだけ?」
「それが一番大事だろ」
紅葉は少し笑った。
「……まあね」
***
夜。
店を閉める時間になった。
月白は帰る準備をしていた。
林夏は新しく買った二つの茶碗を棚に並べている。
「林夏」
「ん?」
「明日、本当に使うんですよね?」
「もちろん」
「忘れません?」
「忘れない」
「本当に?」
「たぶん」
月白がじっと見る。
「……冗談」
林夏は笑った。
「絶対忘れない」
月白も笑った。
そして、店の扉を開ける。
外は少し冷えていた。
月白が一歩出る。
そこで、立ち止まった。
「林夏」
「何?」
「明日、もし私が来なかったら」
林夏は黙って待つ。
「……どうします?」
少し考えてから、答えた。
「心配する」
「それだけ?」
「探すかもしれない」
月白は少し笑った。
「じゃあ、もし私が帰りたくなったら?」
林夏はしばらく考えた。
「寂しいと思う」
「止めますか?」
「一回くらいは」
月白が目を細める。
「一回?」
「うん」
林夏は笑った。
「でも、何回も止めたら、それは月白の決定を俺が決めることになるから」
月白は黙った。
それから、林夏の袖を軽くつまんだ。
「……分かりました」
「何が?」
「明日も来ます」
「うん」
「今日は、自分で決めました」
林夏は頷いた。
「じゃあ、明日も朝ご飯だな」
「はい」
月白は歩き出した。
数歩進んだところで振り返る。
「林夏」
「ん?」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
月白が見えなくなるまで、林夏は店の前に立っていた。
そして一人になったあと、
小さく笑った。
明日のことは、明日考えればいい。
でも。
明日の朝ご飯だけは、もう決まっていた。
【選択:継続】
【関係:本人による更新】
【未来:未確定】




