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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第111章 今日は、今日のままで

朝。


万事修理店のシャッターを開けると、まだ少し冷たい風が入ってきた。


林夏は店の前を掃きながら、あくびをした。


「眠い……」


「昨日、遅くまで起きてたからでしょう」


背後から声がした。


振り返る。


月白が立っていた。


「おはよう」


「おはようございます」


「今日は早いな」


「林夏よりは早いです」


「それは比較対象としてどうなんだ?」


月白は少しだけ笑った。


そして、昨日と同じように林夏の隣に立った。


特別な約束をしたわけではない。


待ち合わせを決めたわけでもない。


それでも、最近は自然とこうなっていた。


朝になれば月白が来る。


林夏が店を開ける。


二人で掃除をする。


それから、何かを食べる。


誰かに決められたわけではない。


だからこそ、月白はこの時間が好きだった。


「朝ご飯、食べた?」


「まだです」


「じゃあ食べよう」


「まだ店を開けたばかりですよ」


「店は逃げない」


「仕事は逃げるかもしれません」


「それは困るな」


二人で笑った。


その時だった。


店の前を一人の女性が通り過ぎた。


林夏を見る。


月白を見る。


そして、二人の手元を見る。


昨日から、月白は自然に林夏の手を取ることが増えていた。


今日も、いつの間にか指先が触れている。


女性は少し笑った。


「お二人、仲がいいですね」


月白が一瞬だけ林夏を見る。


以前なら、すぐに否定していただろう。


「恋人じゃありません」


そう言うはずだった。


けれど今日は、違った。


月白は少し考えてから、


「……はい」


とだけ答えた。


林夏が目を丸くする。


女性は笑って、そのまま歩いていった。


「月白」


「何ですか?」


「今の『はい』は何?」


「仲がいい、という意味です」


「なるほど」


「何か問題ありますか?」


「いや」


林夏は少し笑った。


「ない」


月白は林夏の手を握った。


今度は、人がいるからでもない。


誰かに見せるためでもない。


ただ、自分がそうしたかったから。


「じゃあ、朝ご飯に行きましょう」


「うん」


二人は店を閉めることなく、近所の店へ向かった。


朝の街には、通勤する人。


学校へ向かう学生。


店を開ける店主。


昨日とほとんど変わらない景色があった。


けれど、月白には少し違って見えた。


以前は、明日が来るかどうかばかり考えていた。


今は、


明日、何を食べよう。


どこへ行こう。


誰と歩こう。


そんなことを考えている。


それだけだった。


それだけのことが、不思議なくらい嬉しかった。


***


昼過ぎ。


紅葉と七番は、古い資料を並べていた。


机の上には、命運修正機構の記録が何枚もある。


七番が一枚を持ち上げる。


「ここ」


「何?」


「記録が途中で切れてる」


紅葉が覗き込む。


そこには、かすれた文字が残っていた。


【関係固定後】


その下は破損している。


「またこれ?」


「うん」


七番は少し考えた。


「でも、前とは違う」


「何が?」


「この記録、誰か一人を固定するためのものじゃない」


紅葉は黙った。


七番は続ける。


「複数の対象の関係をまとめて観測してる」


「……つまり?」


「誰と誰が出会ったかだけじゃない」


七番は紙を指で叩いた。


「その関係によって、別の人間の選択まで変わったかどうかを見てる」


紅葉はしばらく黙っていた。


そして、


「それなら」


と言った。


「私たちも、その中に入ってる可能性がある?」


「分からない」


「またそれ?」


「分からないことを、分かったことにしたくない」


紅葉は七番を見る。


以前なら、彼がそう答えることに不安を感じていたかもしれない。


今は少し違った。


「……その答え、嫌いじゃない」


「そう?」


「うん」


紅葉は紙を裏返した。


「でも、調べる」


「もちろん」


「ただし、私が知りたいと思った範囲だけ」


「分かった」


七番は頷いた。


少し間を置いてから、


「紅葉」


「何?」


「この先、もし俺が何か見つけても」


「うん」


「勝手に決めない」


紅葉は少し笑った。


「それならいい」


二人は再び資料に目を落とした。


まだ何も分からない。


だからこそ、二人は調べ続ける。


***


夕方。


林夏たちは店に戻っていた。


月白は本を読んでいる。


林夏は壊れた時計を修理している。


店内には時計の音だけが響いていた。


カチ。


カチ。


カチ。


「月白」


「はい」


「明日、何する?」


月白は本から顔を上げた。


少し考える。


「林夏は?」


「俺は何でもいい」


「それ、一番困る答えです」


「じゃあ月白が決めて」


月白は少し笑った。


「……じゃあ、本屋」


「また?」


「嫌ですか?」


「全然」


林夏は工具を置いた。


「じゃあ明日は本屋」


「はい」


それだけだった。


大きな約束ではない。


永遠の誓いでもない。


未来を保証するものでもない。


ただ、


明日も一緒にいよう。


そのくらいの約束。


月白は本を閉じた。


そして、林夏の隣へ移動した。


「今日は?」


「今日は?」


「今日は、もう少しここにいてもいいですか?」


林夏は笑った。


「もちろん」


月白はその隣に座った。


肩が触れる。


離れない。


外では夕日が沈んでいく。


世界のどこかでは、まだ命軌を計算している者がいる。


誰と誰が出会うべきか。


誰と誰が離れるべきか。


どの関係を固定すれば、未来を予測できるのか。


けれど、この店の中では。


そんなことを考える必要はなかった。


今日、ここにいる。


それだけでいい。


月白は小さく息を吐いた。


「林夏」


「ん?」


「明日も、ここに来ます」


林夏は少しだけ笑った。


「うん」


「……約束です」


「分かった」


そして二人は、何も言わずに隣にいた。


【関係:継続】


【本人の選択:確認】


【未来:未確定】

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