第109章 手を離さない理由
翌朝。
万事修理店。
月白はいつものように店の前に立っていた。
林夏が扉を開ける。
「おはよう」
「おはよう」
月白は笑った。
「昨日のこと」
「昨日?」
「手」
林夏も思い出す。
「ああ」
「覚えてる?」
「もちろん」
「……そう」
月白は少し安心したように笑った。
「今日も?」
「今日も?」
「手」
林夏は自分の手を見る。
「いいよ」
月白が手を伸ばす。
二人の手が重なる。
昨日よりも自然だった。
まるで。
昨日の続きみたいに。
「慣れるの早いね」
林夏が言う。
「林夏も」
「僕?」
「昨日より迷わなかった」
「そうかな」
「うん」
「じゃあ、慣れたのかも」
月白は少し笑う。
「それならよかった」
*
昼。
紅葉と七番が店に来た。
紅葉は二人の手を見る。
「……なるほど」
月白が慌てて手を離そうとする。
けれど。
林夏はそのままだった。
「何?」
「いや」
紅葉は笑う。
「何でもない」
「絶対何かある」
「ないって」
紅葉は机の上に古い端末を置いた。
「昨日の続き」
澪も近づく。
「何が出たの?」
七番が答える。
「昔の記録」
画面には。
【本人の選択を無効化することは、観測ではない】
その下に。
新しい一行が表示されていた。
【関係変更後の記録を保存】
紅葉が言う。
「固定された関係を変えた人が、その後どうなったのか」
林夏が画面を見る。
「分かった?」
「少しだけ」
七番が別の画面を開く。
【対象:記録欠損】
【関係:変更】
【旧関係:固定】
【新関係:本人選択】
そして。
【観測:継続】
月白が呟く。
「……生きてる」
「たぶん」
七番が答える。
「記録が続いてるから」
紅葉は画面を見つめる。
「じゃあ、逃げたんじゃない」
「うん」
「関係を変えて、そのまま生きていた」
「そうみたい」
林夏は少し考える。
「それなら」
全員が林夏を見る。
「何?」
「その人、ちゃんと選んだんだね」
紅葉は黙った。
七番も。
「たぶんね」
*
午後。
月白と林夏は店の近くの商店街に出ていた。
手をつないだまま歩く。
「何買う?」
「本」
「また?」
「うん」
「家にいっぱいあるよ」
「まだ読んでない本がある」
「じゃあ、それでいいじゃん」
「でも、新しい本も欲しい」
「なるほど」
本屋に入る。
月白が棚を見る。
林夏は少し離れた場所で漫画を見ている。
「林夏」
「ん?」
「これ」
月白が一冊の本を持ってくる。
「面白そう」
「どんな話?」
「まだ読んでないから分からない」
「じゃあ、買ってみよう」
「一緒に読む?」
「いいよ」
月白は本を抱えた。
そのあと。
林夏が別の本を持ってくる。
「これも」
「何?」
「料理の本」
「読むの?」
「作る」
「本当に?」
「たぶん」
月白は笑った。
「じゃあ、買おう」
二人はレジへ向かう。
店員が二人の手を見る。
そして。
「仲がいいですね」
月白が少し照れる。
「ありがとうございます」
林夏は普通に笑っていた。
店を出る。
月白が言う。
「さっき」
「うん?」
「ありがとうって言った」
「言ったね」
「何で?」
月白は少し考える。
「なんとなく」
「それ、便利な言葉だね」
「林夏の真似」
「僕、そんなに言ってる?」
「結構」
二人で笑った。
*
夕方。
紅葉と七番は、古い施設の記録をさらに調べていた。
七番が一枚の資料を見つける。
「これ」
紅葉が覗き込む。
そこには。
【関係変更後】
【旧記録との矛盾:多数】
【予測モデルへの影響:大】
【処理方針:削除ではなく継続観測】
紅葉が眉を寄せる。
「削除しなかった?」
「うん」
「どうして?」
七番は少し考える。
「変更した人間を消すより」
「うん」
「その人が、その後どう生きるのかを見るほうを選んだのかもしれない」
紅葉は黙った。
「もしそうなら」
「うん」
「命運修正機構は、最初から全部が間違ってたわけじゃない」
七番は答えない。
紅葉は資料を閉じた。
「だから余計に厄介ね」
「そうだね」
「正しい目的から始まったものが、途中で変わる」
「人間みたいだ」
紅葉が七番を見る。
「……それ、どういう意味?」
「分からない」
「林夏みたいなこと言わないで」
七番は笑った。
「ごめん」
「でも」
紅葉も少し笑う。
「嫌いじゃない」
七番は何も言わなかった。
ただ。
少しだけ嬉しそうだった。
*
夜。
店の前。
月白と林夏は立っていた。
今日も手をつないでいる。
月白が言った。
「明日も?」
「うん」
「明後日も?」
「たぶん」
「たぶん?」
「明日のことは、明日考えればいいから」
月白は笑った。
「じゃあ」
少しだけ手に力を入れる。
「明日になったら、また考えよう」
「うん」
二人は歩き始める。
途中。
月白が足を止めた。
「林夏」
「ん?」
「もし私が」
「うん」
「いつか手を離したくなったら」
林夏は月白を見る。
「そのときは?」
少し考えて。
林夏は答えた。
「そのときは、離すよ」
月白は黙った。
「でも」
林夏は続ける。
「今は離したくない」
月白の目が少しだけ揺れる。
「……私も」
二人はまた歩く。
手をつないだまま。
その手を。
誰かが保証してくれるわけではない。
永遠だとも言えない。
けれど。
今日。
二人が選んだ。
それだけは確かだった。




