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君と、終わりの向こう側へ  作者: 亀


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第105章 決めないという約束

朝。


万事修理店の前を、月白が掃いていた。


林夏は店の中で朝食を作っている。


「月白」


「なに?」


「卵、何個?」


「二つ」


「三つじゃなくて?」


「二つ」


「じゃあ、三つ」


「聞いた意味ある?」


月白が呆れたように笑う。


「あるよ」


「どこに?」


「僕の気持ち」


「卵に気持ちは関係ないと思う」


「厳しいなあ」


月白は箒を壁に立てかけた。


店の中に入る。


「何作ってるの?」


「卵焼き」


「朝から?」


「朝だから」


「理由になってない」


「じゃあ昼に食べる?」


「それも違う」


月白は笑った。


こういう会話が。


いつの間にか普通になっていた。


*


昼前。


紅葉がやって来た。


「何か食べるものある?」


「あるよ」


林夏が皿を出す。


「卵焼き」


紅葉が見る。


「……これ、三人分?」


「うん」


「私の分まで?」


「余ったから」


月白が言う。


「最初から三人分作ってたよ」


林夏が振り返る。


「言わなくていいのに」


紅葉は二人を見る。


「なるほど」


「何?」


「いや」


紅葉は笑った。


「最近、ずいぶん自然ね」


月白が少しだけ視線を逸らす。


「そう?」


「そう」


林夏は卵焼きを食べる。


「普通だよ」


「普通ねえ」


紅葉は箸を持つ。


「じゃあ、私も普通に食べる」


「どうぞ」


三人で食事をする。


何も特別なことはない。


けれど。


紅葉はふと思った。


こういう時間こそ。


命運修正機構が一番記録しにくいものなのかもしれない。


好き。


嫌い。


恋人。


友達。


家族。


仲間。


そんな言葉だけでは。


人間の関係は全部説明できない。


*


午後。


七番が店に来た。


「紅葉」


「何?」


「昨日の件」


「うん」


七番は小さな紙袋を差し出した。


「これ」


「何?」


「昔、君が使ってたもの」


紅葉が袋を開ける。


中には。


古い赤い髪留めが入っていた。


「……まだ持ってたの?」


「捨てられなかった」


紅葉は髪留めを指先で触る。


「私が昔使ってた?」


「うん」


「じゃあ、返す」


「いいの?」


「私のものだから」


七番は少し笑った。


「そうだね」


紅葉は髪留めを手に取った。


けれど。


すぐには髪につけなかった。


「七番」


「うん」


「これを持ってたからって」


「うん」


「昔の私を好きだったことと、今の私を好きなことは同じじゃないよ」


七番は黙っている。


「分かってる」


「本当に?」


「うん」


「じゃあ」


紅葉は髪留めを袋に戻した。


「今度、今の私を見て」


七番は少し驚いた。


「……分かった」


「昔の記録じゃなくて」


「うん」


「今ここにいる私を」


七番は頷いた。


「そうする」


*


夕方。


林夏は壊れた時計を修理していた。


月白は隣で本を読んでいる。


しばらくして。


月白が口を開いた。


「林夏」


「ん?」


「もし」


「うん」


「命運修正機構が、私たちの関係を勝手に決めたら」


林夏の手が止まる。


「どうする?」


「壊す」


「即答なんだ」


「修理屋だから」


月白は笑った。


「それ、修理するの?」


「壊れたものなら」


「人間関係も?」


林夏は少し考える。


「それは本人が決める」


月白は静かに頷いた。


「そうだね」


「月白は?」


「私?」


「うん」


月白は本を閉じた。


「私は」


少し考えて。


「林夏と一緒にいたい」


「うん」


「でも」


月白は林夏を見る。


「それを林夏が決めることも嫌」


「え?」


「林夏が私のために、自分の人生を決めるのも嫌」


林夏は少し驚いた。


月白は続ける。


「一緒にいたいから一緒にいる」


「うん」


「離れたくなったら、離れる」


「うん」


「それでも」


月白は小さく笑った。


「今は、一緒にいたい」


林夏も笑った。


「じゃあ、それでいい」


*


夜。


店を閉めたあと。


月白は帰ろうとしていた。


「月白」


「なに?」


林夏が何かを差し出す。


小さな紙袋だった。


「これ」


「何?」


「今日、買った」


月白が開ける。


中には。


昨日二人で見ていた猫の小さなキーホルダーが入っていた。


「……どうして?」


「なんとなく」


「なんとなく?」


「うん」


月白はキーホルダーを見る。


そして。


自分の鞄につけた。


「ありがとう」


「どういたしまして」


月白は少し歩いてから。


振り返った。


「林夏」


「ん?」


「明日」


「うん」


「また一緒にご飯食べよう」


林夏は笑う。


「いいよ」


「何を食べる?」


「明日考えよう」


「またそれ?」


「便利だから」


月白は笑った。


「じゃあ、明日」


「うん」


月白が歩いていく。


林夏はその背中を見送った。


端末の画面には。


何も表示されなかった。


予測も。


警告も。


関係の固定も。


ただ。


今日という一日が終わった。


そして。


明日が残った。


それだけだった。

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