第104章 言わないということ
翌日の昼。
紅葉は駅前にいた。
七番との待ち合わせだった。
約束の時間になっても。
七番は来ない。
十分。
二十分。
三十分。
紅葉は端末を見る。
連絡はない。
「……何してるのよ」
そう呟いたとき。
背後から声がした。
「紅葉」
振り返る。
七番が立っていた。
「遅い」
「ごめん」
「何かあった?」
「少し調べてた」
紅葉は七番を見る。
「何を?」
「昨日の施設のこと」
「一人で?」
「うん」
紅葉は黙った。
「何か見つかった?」
「少し」
「じゃあ、話して」
七番は答えなかった。
その沈黙だけで。
紅葉には分かった。
「……何か隠してる?」
「隠してるわけじゃない」
「同じことよ」
「危ない情報だったから」
紅葉の表情が変わった。
「それ」
「うん?」
「白澤と同じ言い方」
七番が黙る。
「危ないから言わない」
紅葉は続けた。
「知らないほうがいいから、決めてあげる」
「そういうつもりじゃない」
「でも、結果は同じ」
七番は視線を落とした。
*
二人は近くの喫茶店に入った。
紅葉は席に座ると、すぐに言った。
「全部話して」
「……分かった」
七番は端末を取り出した。
昨日の記録を開く。
【中心対象:林夏】
【関連対象:月白】
【関連対象:紅葉】
【関連対象:澪】
【関連対象:ユウ】
紅葉は画面を見つめる。
「ここまでは昨日見た」
七番は次の画面を開いた。
【第一段階:接触】
【第二段階:関係】
【第三段階:選択】
そして。
その下に。
【第四段階:固定】
紅葉の目が止まる。
「……固定?」
「うん」
「何を固定するの?」
「分からない」
「じゃあ、何を怖がってるの?」
七番はしばらく黙った。
「固定された関係は、本人の選択として扱われる」
紅葉は眉を寄せる。
「どういう意味?」
「一度、関係が固定されると」
七番が画面を指す。
「その後の選択が、その関係を前提に処理される」
紅葉は黙った。
「つまり」
「たとえば、誰かを好きになったとする」
「うん」
「最初は自分の選択だったとしても」
七番は言葉を選ぶ。
「その関係が固定されたあとでは、『好きだからこうする』という行動が、本人の選択ではなく、関係の継続として処理される可能性がある」
紅葉の表情が険しくなる。
「……人間を関係の中に閉じ込める」
「そう」
「だから、命運修正機構は恋愛まで記録していた?」
「たぶん」
紅葉は画面を閉じた。
「嫌ね」
「うん」
「だったら」
紅葉は七番を見る。
「私たちも固定される可能性がある?」
「分からない」
「林夏と月白も?」
「分からない」
「だったら、本人たちに知らせるべき」
「そう思う」
「じゃあ、どうして昨日言わなかったの?」
七番は答えなかった。
紅葉はため息をついた。
「あなた」
少しだけ声を落とす。
「私のことを心配してくれてる?」
「うん」
「だから言わなかった?」
「……うん」
紅葉は少し黙った。
「それは嬉しい」
七番が顔を上げる。
「でも」
紅葉は続ける。
「次からは、私が知るかどうかも私に決めさせて」
七番はゆっくり頷いた。
「分かった」
「本当に?」
「うん」
「じゃあ、今からもう一つ聞く」
「何?」
「あなたは、私を好き?」
七番が固まった。
紅葉は少し笑った。
「ほら」
「……今、それを聞く?」
「今だから聞く」
七番は困ったように笑う。
「分からない」
紅葉は一瞬黙った。
それから。
「そう」
「怒った?」
「少し」
「ごめん」
「でも」
紅葉は立ち上がる。
「その答えのほうがいい」
「どうして?」
「あなたが自分で考えてるから」
二人は店を出た。
*
夕方。
万事修理店。
澪が端末を操作していた。
「紅葉から聞いた」
林夏が振り返る。
「何を?」
「昨日の記録」
月白も顔を上げる。
「固定?」
「うん」
澪は画面を見せる。
【関係固定】
【選択への影響:高】
【本人への情報提示:要検討】
林夏が眉を寄せる。
「要検討って誰が決めるの?」
「そこが問題」
澪が答える。
「本人ではない」
月白は画面を見つめた。
「また同じことをするつもりなんだ」
「たぶん」
林夏は少し考える。
「じゃあ、どうする?」
澪が答える。
「調べる」
紅葉が言う。
「でも、急がない」
林夏が頷く。
「うん」
月白も頷いた。
「私も」
*
夜。
紅葉は一人で歩いていた。
端末には。
今日の記録が残っている。
【対象:紅葉】
【関係:七番】
【感情:未確定】
【固定:なし】
紅葉はその表示を見て。
小さく笑った。
「それでいい」
好きかもしれない。
好きではないかもしれない。
また好きになるかもしれない。
もう好きではなくなるかもしれない。
それを。
誰かに決められる必要はない。
その頃。
万事修理店では。
林夏と月白が店の前に座っていた。
「月白」
「うん?」
「昨日のこと」
「彼女に間違われたこと?」
「うん」
月白は少し笑う。
「まだ気にしてるの?」
「ちょっと」
「どうして?」
林夏は考える。
「嬉しかったから」
月白は黙った。
「……私も」
二人は顔を見合わせる。
そして。
今度は。
どちらからともなく。
少しだけ笑った。
【関係:継続】
【名称:未確定】
【固定:なし】
【選択:継続】
誰かに決められた関係ではない。
だからこそ。
明日も。
二人で決められる。
そのことが。
今は少しだけ嬉しかった。




