第103章 消された名前の続き
翌日。
紅葉は一人で駅に向かっていた。
七番から届いたメッセージは短かった。
――昔の場所を見に行かないか。
場所は、三年前に閉鎖された旧施設。
かつて命運修正機構が使っていた観測所だった。
紅葉は駅の階段を上りながら、端末を見る。
【旧所属:命運修正機構】
【対象:紅葉】
【記録:消失】
その表示を見て。
「……まだ消したつもりなんだ」
小さく呟いた。
*
旧施設は、街の外れにあった。
建物の入口は封鎖されている。
七番が先に来ていた。
「来たんだ」
「誘ったのはあなたでしょ」
「そうだった」
紅葉は周囲を見る。
「何があるの?」
「分からない」
「またそれ?」
「今回は本当に分からない」
七番が古い鍵を取り出す。
「ただ、昨日、昔の記録を整理していたらこれが出てきた」
紅葉は鍵を見る。
「私の名前が刻まれてる」
「うん」
「どうして?」
「それを確かめたい」
二人は施設の中へ入った。
*
地下。
古い観測室。
機械はほとんど停止していた。
壁には大量の記録端末が並んでいる。
七番が一つを起動する。
画面に古い文字が浮かんだ。
【命軌修正実験記録】
【対象群:複数】
【目的:異常接触による予測精度低下の検証】
紅葉の表情が変わる。
「……異常接触」
七番が別の記録を開く。
【通常対象は、既定の命軌上において接触する人物が限定される】
【しかし、命軌外の対象同士が接触した場合――】
そこで記録が途切れている。
紅葉は続きを探した。
一つ。
二つ。
三つ。
やがて。
別の記録が開いた。
【接触対象が増加した場合、単独対象の命軌修正は困難となる】
【その場合、対象ではなく共同因果を観測する】
紅葉は黙った。
「共同因果……」
七番も画面を見る。
「これ」
「何?」
「今の林夏たちと同じだ」
紅葉が振り返る。
「どういう意味?」
七番は別の記録を開く。
そこには。
古い観測図があった。
複数の人物を結ぶ線。
その中央に、一つだけ名前が残っている。
――林夏。
紅葉の目が止まる。
「……どうして」
七番が答えられない。
さらに画面が切り替わる。
【中心対象:林夏】
【関連対象:月白】
【関連対象:紅葉】
【関連対象:澪】
【関連対象:ユウ】
【状態:共同因果形成】
紅葉は息を止めた。
「私も……最初から入ってた?」
「記録上は」
「でも、これは三年前の記録」
「そう」
「林夏と会う前なのに?」
二人とも黙った。
*
しばらくして。
紅葉が言った。
「違う」
「何が?」
「この記録」
紅葉は画面を指差した。
「林夏という名前があるのに、私たちが会う前の記録になってる」
「つまり?」
「二つの可能性がある」
紅葉は冷静に言った。
「未来を予測していたか」
少し間を置く。
「あるいは」
「過去に、もう一度接触していた」
七番の表情が変わった。
「そんな記憶は?」
「ない」
「僕にもない」
紅葉は画面を見つめる。
「だったら」
端末の奥から。
一つの音が鳴った。
【記録整合性を確認】
【対象:紅葉】
【過去記録:欠損】
【再構成を開始】
「待って」
紅葉が端末を切ろうとする。
七番が手を伸ばす。
「触らないほうがいい」
「分かってる」
紅葉は手を止めた。
そして。
画面を見た。
【再構成可能】
その文字の下に。
もう一行。
【本人の記憶による補完は禁止】
紅葉の目が細くなる。
「……これ」
「うん」
「昔、澪が言ってた」
「何を?」
「足りないものを、勝手に埋めるなって」
七番が頷く。
「じゃあ、どうする?」
紅葉は端末の電源を落とした。
「調べる」
「今じゃなくて?」
「今じゃない」
紅葉は立ち上がった。
「これは私の過去だもの」
「うん」
「誰かが勝手に答えを作るのは嫌」
七番は何も言わなかった。
「でも」
紅葉は振り返る。
「林夏たちに関係があるなら」
「うん」
「伝える」
*
夕方。
万事修理店。
林夏が棚を整理している。
月白は本を読んでいる。
澪は端末を見ていた。
紅葉が入ってくる。
「みんな」
林夏が振り返る。
「おかえり」
「ただいま」
紅葉は机の上に古い記録媒体を置いた。
「これを見て」
澪が近づく。
画面を起動する。
数秒後。
澪の表情が変わった。
「……共同因果」
林夏が首を傾げる。
「それ、前にも出てきたよね」
「うん」
「何?」
月白が聞く。
澪は画面を見る。
「昔の命運修正機構が、異常な接触をした人間をまとめて観測していた記録」
「私たちを?」
月白が聞く。
「少なくとも、記録上は」
林夏は黙った。
紅葉が続ける。
「それだけじゃない」
画面を切り替える。
【中心対象:林夏】
その名前が表示される。
林夏が眉を上げる。
「僕?」
「三年前の記録」
「僕、三年前からこんな面倒なことに巻き込まれてたの?」
「そこが分からない」
紅葉は首を振る。
「だから、今から調べる」
林夏は少し考えた。
「危ない?」
「たぶん」
「じゃあ」
林夏は立ち上がった。
「飯を食べてから考えよう」
紅葉が呆れる。
「どうしてそうなるの」
「お腹空いてるから」
澪が小さく笑った。
月白も笑う。
紅葉はため息をついた。
「……本当に変わらないわね」
けれど。
その顔には。
少しだけ安心したような表情があった。
*
その夜。
七番は一人で旧施設に戻っていた。
誰もいない観測室。
停止したはずの端末が。
一つだけ点灯している。
【旧記録:再接続】
【中心対象:林夏】
【観測状態:継続】
七番は画面を見つめた。
そして。
その下に表示された名前を見る。
【対象:月白】
さらに。
【過去契約:白澤】
七番は息を止めた。
「……まだ終わってないのか」
画面が一度だけ点滅する。
【命軌修正機構】
【第一段階:接触】
【第二段階:関係】
【第三段階:選択】
最後の文字だけが。
赤く残った。
七番は端末を閉じた。
「紅葉には……まだ言わない」
それは隠すためではなかった。
自分が確かめるためだった。
けれど。
その選択が。
誰かの未来を変える可能性について。
七番はまだ知らなかった。




