第4話:最高の駒と、全員分のスケジュール
ドンッ、ドンッ、ドンッ!
古びたギルドの長机に、分厚い羊皮紙の束が次々と置かれていく。
「なんだこれ……辞書か?」
「いや、全部数字と記号がびっしり書き込まれてるぞ……」
「おい、自分の食事を何回噛むかまで指定されてるぞ……」
集められた『落ち葉の剣』のギルド員たちが、山積みの紙束を前に目を白黒させている。
万年下位ランクの彼らは、装備も貧弱で、お世辞にも強そうとは言えない。
誰も「自分はできる」と強がったりしない。
「全員、前へ出ろ」
俺が声をかけると、彼らは慌てて一列に並んだ。
その顔ぶれを一人ずつ眺め、俺は不敵に口角を上げる。
「聞いておけ。お前たちの最大の長所は――『弱いこと』だ」
その一言に、全員が戸惑ったように首をかしげた。
「え……何がですか?」
エリナが恐る恐る聞いてくる。
部屋の空気が止まり、ギルド員たちは気まずそうに目を伏せた。
「勘違いするな。弱い人間ほど、自分の弱さを正しく理解している。だから余計な意地を張らないし、指示を勝手に変えたりもしない」
勇者たちは違った。
指示を出しても、自分の根拠のない勘を優先する。予定を勝手に変え、失敗すると運が悪かったと言い訳をする。
その点、つまらない我流の判断を挟まない彼らは――俺にとって最高の『完璧な駒』だ。
「安心しろ。弱いままで戦えとは言わない。お前たちは、俺が勝てる配置に置く」
そう言って、一人ずつ分厚い予定表を渡していく。
「エリナ」
「は、はい!」
「朝6時起床。7時10分に素振り100回。8時23分、朝食」
「えっ、朝食の時間まで決まってるんですか!?」
「当然だ。胃の消化時間から逆算したベストなタイミングだ」
次の紙を渡す。
「ガルド。荷車担当。9時12分、森の西側へ移動」
「お、俺、戦わなくていいのか?」
「戦う必要がないルートを構築した」
さらに次。
「ミナ。採集だけやれ」
「わ、私でも役に立てますか?」
「役に立つように予定を組んである」
紙を受け取った全員が、信じられないという顔で自分の予定表を見つめている。
一人残らず内容が違う。誰一人として、同じ紙はない。
俺は最後の一冊を机へ置いた。
「いいか。自分の頭で考える必要は一切ない。一つ指示をクリアしたら、次を見てその通りに動け」
ギルド員たちが、ごくりと息を呑んだ。
「一秒も、一歩も狂うな。そうすれば――お前たちは絶対に負けない」
俺は懐中時計を取り出し、秒針の動きを見つめた。
「……今だ。そのまま東へ20歩。岩陰の赤いキノコを回収しろ」
「は、はい!」
エリナは手元の予定表を確認し、迷いなく駆け出した。
その直後、さっきまで彼女が立っていた場所を、巨大なイノシシの魔獣が猛スピードで突っ切っていく。
「うわっ!」
遠くから見ていたギルド員たちが息を呑む。
「……あ、危なかった」
「危なくない」
俺は懐中時計をパチンと閉じた。
「予定通りだ」
戦う必要のない相手とは戦わず、ただ素材を拾うだけの場所をピンポイントで歩く。
魔物の活動周期と移動ルート。そして薬草の密集地帯。その全てのデータを元に、最も安全で効率のいい一本道を導き出したに過ぎない。
◆ ◆ ◆
「今日の予定は終わりだ」
数時間後。ギルドの解体場にて。
ドサドサドサァァッ!!
荷車から溢れんばかりの薬草や魔石、獣の角が次々と流し込まれていく。
「た、たった半日で、うちのギルドの過去3ヶ月分の収穫量だと……!?」
ギルドマスターが震える手で魔石を数えながら、ひっくり返りそうな声を上げた。
普段は泥と生傷にまみれている下位ランクのギルド員たちは、誰一人としてかすり傷一つ負っていない。
それどころか、信じられない量の収穫物を前に、ポロポロと涙を流して抱き合っている。
「だ、誰も怪我してない……」
「いつもなら、採集だけで誰かが運ばれてたのに……」
ミナの目から大粒の涙がこぼれた。
「私、本当に役に立てたんですね……っ」
「嘘だろ……! 魔物に一回も気付かれないなんて!」
「リクトさん! これ、本当に奇跡です!」
エリナが興奮した面持ちで俺を振り返る。
「奇跡じゃない。全員が指示を守った。当然の結果だ」
俺の足元にすがりつき、大の大人が声を上げて泣き崩れる。
(……あの無能な勇者たちなら『自分たちが強くなった』と勘違いしていただろうな)
だが彼らは違う。
自分の実力ではなく、予定表の力だと正しく理解し、純粋に感謝している。
やはりこのギルドは、最高に扱いやすい。
「予定表の消化率は100パーセント。だが、荷車の移動スピードが計算より『4.2秒』遅かったな」
涙と鼻水まみれの彼らを冷ややかに見下ろし、俺は羊皮紙に新しいメモを書き込む。
「明日は車輪の軸に油を差しておけ。次は一秒の遅れも許さない」
ギルド員たちが安堵の息を吐きかけた、その瞬間。
「そして、明日はこれの2倍採る」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
俺は涼しい顔で、絶叫する彼らに新しい予定表を差し出した。
◆ ◆ ◆
「ふざけるなッ! 防具の修理費だけで、金貨100枚だと!?」
王都の武具屋に、勇者アレンの情けない絶叫が響き渡った。
「当然だ!」
店主の親方が怒鳴り返し、カウンターに穴だらけの鎧を叩きつける。
「少し直すレベルじゃねえ! 鎧の継ぎ目は裂け、魔法使いのローブは酸で溶け、僧侶の盾は真っ二つだ! どんな戦い方したら全員揃ってこんなズタズタになるんだよ! お前ら、まさか防御の陣形も組まずに突っ立ってたのか!?」
親方の容赦ない正論に、アレンたちは顔面を蒼白にして反論すらできない。
……無理もない。
これまでは違ったのだ。敵の攻撃は不思議なくらい分散し、不意打ちを受けることも、囲まれることもなかった。
防具は最低限のメンテナンスだけで何度も使い回せた。それが自分たちの実力(当たり前)だと思っていた。
だが、違う。
リクトが『ヘイト(敵の攻撃の矛先)』を完璧に管理し、秒単位で立ち位置を指示していたからこそ、彼らは一撃も被弾していなかっただけなのだ。
補助輪を失った彼らは、誰が前に出るか、誰が引くかの順番が一つ狂うだけで、手当たり次第に魔物の集中砲火を浴びるサンドバッグと化していた。
結果が、このただの鉄クズと化した防具の山だ。
「金は……いくら残ってる?」
アレンが震える声で仲間を見る。
沈黙だけが返ってきた。
やがて僧侶が小さな革袋を逆さにすると、情けない音を立てて硬貨が数枚だけ床を転がった。
親方が呆れたように肩をすくめる。
「それじゃ、革靴一足も直せねえな。払えねえなら帰んな」
アレンは血の滲むような力で握り拳を作った。
「……なら、次の依頼で稼いでから払う」
「は?」
親方の一言で、店内が冷や水を浴びせたように静まり返った。
親方は、アレンたちのボロボロの私服と、カウンターの鉄クズを交互に指差す。
「その防具なしでか?」
「あ……」
誰一人、顔を上げられない。
防具なしで魔物と戦えば、次は装備ではなく命が散る。かといって、防具を直す金もない。
――完全な『詰み』だった。
リクトに見捨てられた勇者パーティーは、ただ絶望の中、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
◆ ◆ ◆ あとがき ◆ ◆ ◆
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