第33話:石ころ一つの解
「魔力波長のブレ、大気の熱膨張率、岩盤の耐久値低下。すべての変数はすでに出揃っている」
俺は通信具を片手に持ち、もう片方の手で冷蔵庫の扉を開けながら、脳内で数式を組み立てていく。
通信具の向こうではエリート騎士団長が「極大魔法だ」「防げない」と泣き叫んでいるが、完全に的外れだ。
俺からすれば、魔法など恐るべき奇跡でもなんでもない。
どれほど強大なエネルギーを生み出そうと、必ず力学的な干渉が生じる『ただの物理現象』に過ぎないからだ。
高熱による急激な温度変化は周囲の地盤を脆くし、膨大な魔力の奔流は目に見えない空気抵抗である風を生み出している。
それらの変数を一つ残らず因数分解し、崩壊の起点となる座標を弾き出す。
導き出された解は、至ってシンプルだった。
必要なのは、そこらへんに落ちている質量100グラム程度のひび割れた石ころが一つ。
それを仰角35度で、敵の足元の岩盤へ打ち込むだけでいい。
あとはドミノ倒しと同じだ。
小さな楔が岩盤の脆い部分を打ち抜き、極大魔法のエネルギーそのものを利用して、大地を連鎖的に崩落させる。
魔法の規模が大きければ大きいほど、自重と反動で自滅の威力も跳ね上がるという単純な理屈だ。
「計算終了だ」
俺は冷蔵庫の庫内温度を確認し、卵パックを迎え入れるスペースを完璧に確保した。
急激な温度変化を与えない完璧な手際でタスクを一つ終わらせ、通信具越しにエリナへと指示を飛ばす。
「ああ。エリナ、お前の右手側にある石を確認しろ」
王都を滅ぼす魔法の熱量も、敵の殺意も、俺にとってはただの計算式に組み込むデータでしかない。
感情を一切交えることなく、俺は絶対の正解だけを口にした。
「ひびが入っている。大きさは手のひら程度だ。周囲の地面の傾斜も確認しろ」
通信具の向こうで、エリナが嬉しそうに石を見つける気配がした。
「それでいい。仰角35度。敵の足元の岩盤へ向けて、その石を全力で蹴り飛ばせ」
指示はそれだけだ。
あとは物理法則が、勝手に盤面を掃除してくれる。
◆ ◆ ◆
「い、石ころ一つだと……!? ふざけるな、そんなふざけたもので、極大魔法が止まるわけがないだろうがァァァッ!」
肌を焦がすような熱波が吹き荒れる中、エリート騎士団長レオナルドの悲痛な絶叫が響き渡った。
頭上では王都を消し飛ばす『焦熱の終末』の詠唱が轟き、空はどす黒い炎の色に完全に染まりきっている。
常識で考えれば、どう足掻いても絶対に逃れられない死のカウントダウン。
圧倒的な魔法の暴力を前に、彼は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、通信具の指示に素直に従う少女を、狂人を見るような目で睨みつけた。
「頼む、正気に戻ってくれ! あれは魔界一の天才が寿命を削った一撃だぞ! ただの計算や石ころなんかで、どうにかなる次元じゃないんだッ!」
「どうにかなりますよ。だって、リクト様の計算ですから」
血を吐くようなエリートの罵声を、エリナは不思議そうに小首を傾げてあっさりと流した。
迫り来る終末の炎を前にしても、彼女の無邪気な笑顔には微塵の疑いも恐怖もない。あるのは、ただ絶対的な信頼だけだった。
「リクト様のお仕事の邪魔ですから、早くお掃除を終わらせましょう!」
エリナは泥の中で喚くレオナルドを完全にノイズとして無視すると、足元にある『ひび割れた石』の前に軽やかにステップを踏んだ。
高尚な魔法の知識も、迫り来る死への恐怖も、彼女には一切必要ない。リクトが導き出した数字さえあれば、それは彼女にとって決して揺らぐことのない世界の真理となる。
「仰角35度、敵の足元……!」
エリナの踏み込んだ足が、地面を力強く捉える。
腰が回り、肩が沈み、限界までタメを作った次の瞬間――。
「えーいっ!」
楽しげな掛け声とともに、純白のブーツがひび割れた小さな石を全力で蹴り上げた。
パァンッ、と空気を弾く甲高い音が戦場に響く。
凄まじい初速で放たれた100グラムの石ころは、極大魔法が巻き起こす熱波と狂風を真っ二つに引き裂き、ザッカスの足元にある岩盤へ向けて、一直線に空を駆け抜けていった。
ヒュルルルルッという鋭い風切り音が、極大魔法の轟音を切り裂いて戦場を駆け抜けた。
純白のブーツから放たれた手のひら大の石ころは、仰角35度の完璧な軌道を描き、ザッカスの足元に広がる硬い岩盤へとピンポイントで激突する。
ガンッ、という乾いた音が響き、衝突した石ころはあっけなく粉々に砕け散った。
「……え?」
「……は?」
絶望のどん底で這いつくばるエリート騎士団長のレオナルドと、呪いの詠唱を続けるザッカスから、同時に間抜けな声が漏れた。
どう見ても、ただの石が当たっただけだ。
魔法の常識で考えれば、何の魔力も帯びていない小石の衝撃など、強固な岩盤の前では傷一つ付けられない無意味で滑稽な一撃に過ぎない。
しかし、次の瞬間だった。
ピキィィィィッ――!!
砕けた石ころが命中した一点から、ガラスが割れるような甲高い音が響き渡った。
二人が見開いた目の前で、硬いはずの岩盤に蜘蛛の巣のような太い亀裂が走り始める。
極大魔法の超高熱によって、地盤の耐久値はすでに極限まで低下していたのだ。
そこへ計算し尽くされた衝撃が『弱点』へピンポイントで打ち込まれたことにより、ちっぽけな石ころは岩盤の構造を壊すための完璧な『楔』として機能した。
「ば、馬鹿な……っ!? ただの石ころだぞ!?」
レオナルドの信じてきた魔法至上主義という常識が、限界を超えて悲鳴を上げる。
そんな彼の絶叫を置き去りにするように、ピキピキと音を立てて広がる亀裂は、ザッカスの展開する巨大な魔法陣の中心部へと一気に到達していく。
「な、何が起きている……ッ!? 私の足元が――」
動揺で詠唱を止めたザッカスが、足元へ視線を落とす。
パキィィンッ!
限界を告げる音とともに、強固な岩盤がひび割れた。
同時に、地面に描かれていた魔法陣の光が、ショートした機械のようにバチバチと明滅して消え失せる。空を覆っていたどす黒い炎も、まるで呼吸を乱したかのように大きく揺らいだ。
「ゴゴゴ……」
次の瞬間、魔法の熱波をかき消すほどの不気味な地鳴りが、彼らの立つ大地の下から響き始めた。
絶対だった魔法の常識が崩れ去り、ただの物理法則(算数)による無慈悲な『ドミノ倒し』が、今まさに始まろうとしていた。
◆ ◆ ◆ あとがき ◆ ◆ ◆
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