第23話:赤ペン先生と崩壊の予言
「見よ! これが我々エリート魔法騎士団が構築した、完璧なる王都防衛布陣だ!」
王都の会議室。机いっぱいに広げられた巨大な作戦地図を前に、レオナルドが両手を広げて胸を張った。
地図の上には青や赤の美しい駒が、幾何学模様のように配置されている。
「後方の魔道士部隊が絶え間なく範囲魔法を放ち、前衛の重装騎士が残敵を掃討する。圧倒的な魔力と血統のみが成し得る、一切の隙もない高尚な戦術だ。無能な貴様らには理解すらできまい!」
レオナルドはドヤ顔でふんぞり返り、周囲の部下たちも誇らしげに頷いている。
俺は差し出された「完璧な布陣」とやらを一瞥した。
3秒で十分だった。
俺は懐から1本の赤ペンを取り出す。キャップを外し、地図の上に身を乗り出した。
「……おい、寄生虫。我々の神聖な作戦図に何をしている?」
カリッ。
俺はレオナルドの言葉を完全に無視し、美しく描かれた陣形の図面へ容赦なく赤線を引いた。
「ここの地形の傾斜角、約3度を見落としている」
「なっ……!」
「素人の目には平坦に見えるが、重装甲で踏み込めば必ず前衛の歩幅にブレが生じ、連鎖的に足場が沈む。さらに——」
カリカリッ。
地図の余白に新たな計算式を書き込む。
「北西からの風向きを計算に入れていない。現在の風は毎秒8メートル。向かい風を受ければ、後方の範囲魔法の着弾点は想定より20メートル手前へズレるぞ」
「ば、馬鹿な……!」
「前衛の停滞と、味方への魔法の誤爆。この2つのエラーが連鎖し、前線にかかる負荷が許容量を超える」
小学生の算数ドリルを採点するようなテンションで、俺は淡々とバツ印を書き加えていく。
『× 地形の傾斜を無視』
『× 風向きを無視』
『× 自滅の導線』
「き、貴様ぁあっ! エリートである我々に向かって、でたらめを抜かすな!」
俺は顔を真っ赤にするレオナルドに視線すら向けず、陣形の中央へ大きく『×』を書いた。
「添削だ。基礎的な算数からやり直せ。これなら昨日俺が書いた、特売肉の動線確保図の方がまだ完成度が高い」
「添削だと……!?」
俺は赤ペンを止め、手元の予定表と地図の赤い惨状を照らし合わせた。
「答案としては0点だ。このままだとどうなるか、正確な数字を教えてやろう」
「3日後の14時ジャスト。お前たちの陣形は完全に崩壊する」
俺は地図の中心に書き込んだ赤文字の『×』を指で叩き、冷徹な事実を告げた。
会議室の空気が一瞬で凍りつく。
「な、なんだと……? ふ、ふざけるな!」
レオナルドの声が低く震えた。
「我々の強大な魔力をもってすれば、この程度の地形などねじ伏せられる!」
「魔力で地面の傾斜は消せない」
俺は淡々と地図を指し示した。
「血統が優れていても、重装備なら歩幅は乱れる。魔法が強力でも、風が吹けば火球は流れる。戦場は願望では動かない」
「黙れぇっ!」
ドンッ、とレオナルドが机を叩く。地図の上の美しい駒が跳ねた。
だが、俺は微塵も動じない。
「反論があるなら『感情』ではなく『数字』で示せ」
「……っ!」
俺は赤ペンで陣形の中央をなぞる。
「傾斜による足場の沈下と、風向きのズレによる誤爆。この2つの誤差が蓄積し、限界を超える瞬間が3日後の14時だ。最初に前衛の足が止まり、次に後方の魔法が味方へ直撃する。前衛の崩壊から魔道士部隊の壊滅まで、誤差は3秒以内だ」
「き、貴様ぁあっ……!」
レオナルドの顔面から急速に血の気が引き、直後に沸騰したように真っ赤に染まった。
論理的な反論は、何一つ出てこない。
ただ、絶対の自信を持っていた高尚な戦術を否定され、プライドを完全にへし折られた屈辱で、白銀の鎧をガシャガシャと小刻みに震わせている。
「たかが下賤な算数ごときで……我ら誇り高きエリートを、愚弄するつもりか……!」
握りしめた拳が、わなわなと震えていた。
殺気すら混じった怒気。だが、俺にとってそんなものはただの不愉快なノイズでしかない。俺は淡々と赤ペンをキャップに戻し、彼を見据えた。
「誇りは計算式に含まれない。含まれるのは、崩れる時間だけだ」
「もう十分だ! 貴様らのような無能に、王都防衛の重任は任せられん!」
レオナルドが机を叩き、顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げた。
「今日この時をもって、貴様らギルドは後方へ下がれ! 前線に立つ資格はない!」
周囲のエリート騎士たちが一斉に胸を張り、「這いつくばって逃げろ」「二度と我々の邪魔をするな」と勝ち誇ったように嘲笑を浴びせてくる。
「せいぜい王都の最後尾で、我々の輝かしい勝利を見て震えているがいいっ! この防衛戦の完勝は、世界の隅々まで轟くことになるからな!」
勝利を確信したようにふんぞり返るレオナルド。
事実上の戦力外通告。
俺は懐中時計を取り出し、時刻を確認した。
13時26分。
手元の予定表に視線を落とし、頭の中で計算式を組み立てる。
「……好都合だ」
「……は?」
得意げだったレオナルドの表情が固まる。
「後方配置なら、買い出しの動線に一切の無駄がない。前線から外れるなら、14時までに西区の広場へ着ける」
「……買い出しだと?」
「幻の赤卵のタイムセールだ」
俺がそう告げると、背後に控えていたエリナたちの顔がパッと輝いた。
「本当ですか、リクト様! あの赤卵が手に入るんですか!?」
「ああ。1人2パックまで。開始は14時ジャストだ」
「「「やったあああっ!!」」」
さっきまで殺気を放っていたギルド員たちが、一斉に歓声を上げて狂喜乱舞し始める。
最前線から追放された屈辱など微塵もない。彼女たちにとって、エリート騎士団の指揮権など特売の卵以下の価値しかないのだ。
「リクト様、ここから徒歩だと間に合いません!」
「走る」
「了解ですっ!」
状況をまったく理解していないレオナルドが、口を半開きにして呆然としている。
やがて彼は、必死に自分を納得させるように嘲笑った。
「き、貴様ら……っ! 我々の完璧な陣形を前に、恐れをなして逃げる気か! この負け犬どもめ!」
「戦力外なら前線にいる理由がない。俺たちは忙しい」
俺は手元の予定表を閉じ、懐へしまった。
3日後の14時ジャスト。あの陣形は必ず崩壊する。勝手に敵の攻撃を引き受けてくれる極上の囮の誤解を、わざわざ訂正してやる義理はない。
「せいぜい前線で励むことだ」
俺は優越感に浸ってドヤ顔を浮かべるレオナルドに平然と背を向けた。
「14時まであと34分。2パック、確実に確保するぞ」
「「「はいっ!!」」」
会議室の扉を開け放ち、俺たちは特売の卵を求めて王都を全力疾走した。
無能なエリートたちが『極上の囮』として崩壊するまで――残り72時間。
◆ ◆ ◆ あとがき ◆ ◆ ◆
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