第22話:魔法至上主義のエリート
「14時50分。北門の『害虫』32体、駆除完了だ。卵に割れはないか?」
「はいっ! 魔王軍の返り血ひとつ、特売パックには付いていません!」
山のように積み上がった魔王軍先遣隊の残骸を背に、エリナが買い物袋を誇らしげに掲げた。
予定時刻ぴったり、味方の負傷もゼロ。すべて事前の計算通りだ。
「そこを退け、下賤な平民ども!」
不快な金属音を鳴らし、白銀の鎧を着込んだ男が広場に踏み込んできた。
同盟国のエリート魔法騎士団団長、レオナルド。
彼は足元に転がる魔王軍の死体の山には一瞥もくれず、俺を汚物を見るような目で見下した。
「貴様が平民の娘どもを利用して成り上がったという寄生虫か。見れば魔力もゼロ……。剣も振れず魔法も使えない無能が軍師とは笑わせる」
レオナルドは鼻で笑い、尊大な態度でふんぞり返った。
「今日この時から、王都防衛の指揮権は我々エリート騎士団が預かる! 戦場は血統と魔力が全てだ。貴様らは黙って我々の高尚な戦術に従え!」
ピキリ——と。
周囲の空気が凍りついた。
「……リクト様を、愚弄するな」
エリナをはじめとする少女たちの顔から表情が消え、一斉に腰の剣に手をかける。
膨れ上がる凄まじい殺気に、レオナルドの後ろにいた部下たちが怯み、一歩後ずさった。
俺は懐中時計をしまいながら、片手を軽く上げて制する。
「よせ、エリナ。予定表にない行動はするな」
「……っ、はい」
俺の静かな一言で、少女たちの殺気がピタリと収まる。
レオナルドはそれを見て、勝ち誇ったように笑った。
「賢明だな。主人の許可がなければ何もできん臆病者どもめ。せいぜい後方で震えているがいい」
好きに吠えさせておけばいい。
俺は彼らの装備、歩幅、移動速度、そして無駄に高いプライドを観察し、手元の予定表に1本の線を書き加えた。
(……自分たちを最強だと思い込んでいる、極上の『囮』が手に入ったな)
周りが見えていない無能な味方ほど、使い潰し甲斐のある盤上の駒はない。
俺は誰にも聞こえない声で呟き、今夜のオムレツの段取りへと意識を切り替えた。
「リクト様! あんな鉄屑ども、本当に斬らなくていいんですか!?」
レオナルドたちの姿が広場の向こうへ消えた瞬間、エリナが堪えきれずに怒りを爆発させた。
「今なら背中ががら空きです! 3秒で挽肉にできます!」
「私も賛成です! リクト様を愚弄した罪、万死に値します!」
ギルド員たちも口々に物騒なことを言い始め、収まっていた殺気が再びじわじわと膨れ上がる。
俺は懐中時計を開いた。カチリ、と硬質な音が響く。
「現在時刻、14時53分。奴らを追いかけて斬る場合、接敵から戦闘処理、騎士団長を消した後の面倒な事後処理を含めると、最低でも12分の損失だ」
「そ、それは……」
「その12分で何ができると思う?」
「……えっと」
俺は手元の予定表を指で叩いた。
「肉屋の夕方特売に遅れる」
「……はい?」
エリナが目をぱちぱちと瞬きさせる。
「肉を買う。帰る。卵を割る。オムレツを焼く。夕食を食べる。すべての予定が狂う。特売の赤卵をこれ以上、外の空気に晒す気か?」
「そ、そっちですか!?」
エリナが思わずツッコミを入れ、他のギルド員たちもズッコケそうに頭を抱えた。
だが、事実だ。無能な騎士団長に腹を立てるなど、1秒たりとも時間の無駄でしかない。
奴らはすでに、俺が構築した防衛ラインの計算式に組み込まれている。自分たちを最強だと思い込んだまま、勝手に『極上の囮』として最前線で働く仕組みだ。わざわざこちらの手を汚して壊してやる必要はない。
俺は予定表の余白に小さく書き込んだ。
『エリート囮部隊・自動運用開始』
「よし、無駄話は終わりだ。次のタスクに移る」
俺は懐中時計を閉じた。
「15時02分までに西通りへ移動。肉屋の列は必ず3番目以内を確保しろ」
「「「了解っ!!」」」
返事だけは異様に早かった。
つい数秒前まで騎士団長を斬る気満々だった極悪非道な——いや、優秀なギルド員たちが、今夜の特売肉のために一斉に全力疾走を始める。
「急げ。今日は豚肉も安いらしいぞ」
「それを先に言ってくださいっ!」
エリナが悲鳴のような歓声を上げて加速する。俺も彼女たちの後に続いた。
◆ ◆ ◆
西通りの肉屋に駆け込み、無事に特売の豚肉パックを確保した帰り道。
俺は左手に買い物袋を提げたまま、もう片方の手で羊皮紙の予定表にガリガリとペンを走らせていた。
「リクト様、歩きながら何をそんなに楽しそうに計算しているんですか?」
エリナが不思議そうに手元を覗き込んでくる。
「いや、盤面の再構築だ。魔王軍本隊の侵攻経路、到達時刻、そして新しく追加された『変数』を代入している」
「変数……あの白銀の鉄屑どもですか? あんなに馬鹿にされたのに、リクト様は怒っていないんですか?」
俺はペン先を止め、小首を傾げた。
「金槌に腹を立てる職人はいない。荷車に説教する商人もいないだろう?」
「え? はい、まあ……」
「使う道具に感情を向ける意味がない。使えるなら使う。それだけだ」
俺は予定表の余白に、迷いなく1行を書き加えた。
『変数:エリート魔法騎士団 属性:過信・猪突猛進 運用:前線囮(使い捨て)』
「彼らは血統と魔力に固執し、自分が最強だと信じて疑わない。敵が強いほど、警告も聞かずに勝手に前へ出てくれる」
「それって……」
「プライドが高く突っ込みたがる馬鹿ほど、敵の攻撃を引き受けてくれる。計算する側からすれば、これほど予測しやすく扱いやすい『極上の囮』はない」
俺の言葉の意味を理解したのか、エリナの頬が引きつり、次いで吹き出した。
他のギルド員たちも「なるほど!」「さすがリクト様!」と目を輝かせる。
「だが、あいつらが組むであろう高尚な陣形には、すでに致命的なエラーが出ている」
俺はレオナルドが豪語していた戦術思想を思い出し、短く鼻で笑った。
「地形の傾斜と風向きを完全に無視している。このままだと——」
カリ、と赤ペンで最後の1行を書き加え、そこをぐるりと丸で囲む。
『3日後・14時ジャスト 防衛陣形完全崩壊』
俺はペンをしまい、懐中時計を開いた。カチリ、と秒針が時を刻む。
すべては計算式の通り。相手が自ら死地に飛び込んでいくのだから、止める理由はない。
「さて。次は、奴らが絶望し、俺たちに泣きついてきた時に挟み込む『最適解』の準備だ」
俺は立ち止まり、夕焼けに染まる王都の空を見上げた。
「明日は朝イチで、ホームセンターの特売に行くぞ。最高の『罠』の材料を仕入れるからな」
◆ ◆ ◆ あとがき ◆ ◆ ◆
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